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反知性主義の極みをさらけ出す五輪聖火リレー

「主権者のいない国」の空虚はもうこれ以上隠せない

白井聡 京都精華大学人文学部准教授

 3月25日、東京五輪の聖火リレーが福島県から始まった。

 SNSを通じて流れてきたリレーの模様を伝える映像は、なかなかに驚くべきものだった。スポンサーロゴがデカデカと書かれた改造大型トラックが何台もゆっくりと走ってくる。

 先頭を走るのはコカ・コーラの車両だ。ステージのような形状をした荷台にDJと思しき男が立ち、何事かを叫んでいる。「密を避けながら、密を避けながら! 共に最高の思い出をつくっていきましょう!」と叫んでいるように聞こえた。同時に、大音量の音楽がかかっており、キャンペーンガール(?)のようなスポンサー・ユニフォーム姿の若い女性たちが笑顔を振りまきながら手を振りつつ練り歩いている様子も見えた。視覚的にも聴覚的にもその騒々しさは度を越している。

「楽しめよ! 乗れない奴は非国民だ!」

拡大「コロナ禍で五輪どころではない」と五輪の開催中止を訴える市民=2021年3月25日、JR郡山駅前

 目撃した「東京新聞」の記者は、沿道の地元民の次のような声を伝えている。「これはちょっと違うんでねえか」。

 聖火リレーの映像から伝わってくる異様さは、「ちょっと違う」どころのものではない、と私には感じられた。それが異様なのは、「楽しい雰囲気の演出」が、事実上の命令と化しているからだ。「楽しいでしょう? 貴方は楽しんでいいんですよ! 楽しみなさい!! 貴様、楽しめよ!!!」。

 確かに、コカ・コーラの容器には、Enjoyと書いてある。「お前は楽しまなければならない」――奇妙で不気味な命令だ。もし命令に従わなければ、罰が待っているのだろう。「あいつはKYだ」とレッテルを貼られるという罰が。

 いや、たぶん、レッテルは「KY」どころでは済むまい。この場合の「楽しめ」という命令に暗に含まれているのは、「お前は福島が復興したと思わないのか?」「人類が新型コロナに打ち克った証を信じないのか?」という脅迫的な問いだ。

 こうした問いに「イエス」と答えられない人間に宛てられる由緒正しき名称がある。「非国民」だ。ただし、今日のナショナリズムは、軍国主義のかたちを必ずしも採らない。むしろ、そう見られることを周到に避けようとすらする。

 軍国主義の代わりに、それは商業主義との結びつきを固くする。その結果が、反知性主義の極みであることを、聖火リレーの光景はこの上なく明瞭に示している。「楽しめよ! 乗れよ! そうしない奴は非国民だ! 思考停止しろ! バカになれ! 醜くなれ! そうならない奴は非国民だ!」


筆者

白井聡

白井聡(しらい・さとし) 京都精華大学人文学部准教授

1977年生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業、一橋大学大学院社会学研究科総合社会科学専攻博士後期課程単位修得退学。博士(社会学)。専攻は政治学・社会思想。著書に『永続敗戦論――戦後日本の核心』(太田出版)、『未完のレーニン――〈力〉の思想を読む』(講談社選書メチエ)、『「物質」の蜂起をめざして――レーニン、〈力〉の思想』(作品社)『国体論――菊と星条旗』(集英社新書)。共訳書に、スラヴォイ・ジジェク『イラク――ユートピアへの葬送』(河出書房新社)、監訳書にモイシェ・ポストン『時間・労働・支配――マルクス理論の新地平』(筑摩書房)。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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