メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

タイガースとあのアイドルでストレス解消 職業人としてのP・K・O 

連載・失敗だらけの役人人生⑰ 元防衛事務次官・黒江哲郎が語る教訓

黒江哲郎 元防衛事務次官

逃げない気概(K-2)

 仕事から「逃げない」という気概も大事です。誰しも面倒な事、難しい事に関わりたくない、逃げて楽をしたいという誘惑にかられます。しかし、逃げるのは責任の放棄だし、責任者が逃げてしまえば仕事は失敗します。周囲はそういう態度を見ています。逃げずに難問に立ち向かえば、苦しいけれども周囲から信頼され評価され、次の仕事にもつながって行きます。逃げれば悪循環、逃げずに立ち向かえば好循環に入って行くのです。私はこのことを特に官房業務から学びました。

 入庁二年目に官房総務課(当時)の係員として、国会からの要求を処理する窓口業務を担当しました。国会議員から要求される資料、説明、部隊視察の希望や陳情などをそれぞれの担当部局に割り振り、成果をフィードバックする仕事です。

 ところが、その頃庁内には俗に言う「消極的権限争い」、すなわち面倒な仕事は自分の担当ではないと言い張って極力引き受けないという風潮が蔓延していました。私の調整相手はみな10年以上年次が上の先任や班長で、しかも多くは「余計な仕事はしない」という強固な意思と理屈で武装していました。こういう人たちに資料作成や議員説明をお願いし引き受けてもらうのは非常に骨が折れました。

 さらに、文書課の先任部員を務めた時には、答弁作成の割り振りがもめた時(通称「割り揉め」)に関係者を集めて引導を渡すという嫌な役回りも経験しました。こうした業務を通じて、仕事から逃げようとする姿勢がみっともないだけでなく、本人にとっても組織にとっても有害だということがよくわかりました。

 「自分の仕事ではない」と逃げる人たちは、逃げる理由を驚く程よく考え、よく詰めています。しかし、そんな事を考えているヒマがあるなら、関係者の知恵を持ち寄って答弁を書いてしまう方がよほど組織にとっても本人にとってもプラスになります。また、逃げる理屈ばかり考えていると、やれる仕事の範囲がどんどん狭まり、そのうちに最低限必要な仕事すらやり方を忘れていきます。逆に、「自分にはその仕事すべてはやれないけれど、出来る部分で貢献しよう」と考える人は、それを積み重ねることによって出来る範囲が徐々に広がっていきます。

拡大東京・市谷本村町の防衛省=2021年4月、藤田撮影

 「逃げない気概」を身につける上でもう一つ役に立ったのは、官房が所掌しているいわゆるバスケットクローズ、すなわち「防衛省の所掌事務で他の所掌に属しないものに関すること」の存在でした。官房は最後の砦であり、どんな面倒な仕事からも逃げられないのです。

 文書課長の時も官房長の時も、私はこの所掌事務について「他人が嫌がる仕事を引き受けるのは最高にカッコいい事なんだ」と部下を鼓舞し続けました。ただでさえ割に合わない官房業務で苦労しているところに「持ち込まれる仕事は積極的に受けろ。それが最高にカッコいいんだ」などと言われ、部下はさぞかし迷惑したと思います。

 しかし、ややこしい案件で処理に困っているからこそ、官房を頼りにして相談に来るのです。野球で言えば、官房は捕手や外野手のようなところがあります。捕手が難しい投球を捕ろうとしなかったり、外野手が間を抜けそうな打球を追うのをやめてしまったりしたら、ボールはネット際やフェンス際まで転がり、失点につながってしまいます。それと同じで、官房を頼りにして相談に来ているのに、抱きつかれるのが嫌だから蹴り飛ばすというような態度で接していたら仕事は絶対にうまく行きません。

 役人生活を通じて自分が何一つ逃げなかったなどと言うつもりは毛頭ありませんし、きっと逃げたこともあったのだろうと思います。でも、少なくとも「逃げるのは格好悪い」「逃げたくない」という気持ちだけは持ち続けたつもりです。

 逃げないためにどうすればいいか。それは面倒くさいし、苦しいし、簡単なことではありません。でも、手始めに「出来ない理由を考えるのではなく、自分は何が出来るのかを考える」のが良いと思います。最初はちょっとだけしか出来なくても、それを積み重ねて行けば徐々に大きな仕事もこなせるようになります。そうすれば自信もつき、必ず逃げない気概を身につけることが出来ます。


筆者

黒江哲郎

黒江哲郎(くろえ・てつろう) 元防衛事務次官

1958年山形県生まれ。東京大学法学部卒。81年防衛庁に文官の「背広組」として入り、省昇格後に運用企画局長や官房長、防衛政策局長など要職を歴任して2017年退官。現在は三井住友海上火災保険顧問

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

黒江哲郎の記事

もっと見る