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東京五輪 外圧による中止はメッセージ外交としては最悪のシナリオだ

「災い転じて福となす」ために今一つの努力を

渡邊啓貴 帝京大学教授

 五輪開催をめぐってすでに否定的な意見の方が多くなっている。コロナ禍が終息しない中でどうして晴れ晴れとした気持ちでスポーツの祭典が行われることができるのか。日本だけが困難を乗り越えて何とか実施したとしても世界が困っているなかでの平和の祭典にどれだけの意味があるのか。それは強く意識しなくても素直な気持ちなのではないかと思う。

 しかし筆者がここで問題とするのは、五輪開催の是非だけではない。もっと議論の根底にある問題だ。ここまで事態を延ばしてきた日本の姿勢であり、私たちが対外的な立ち位置をどのように認識しているのかということである。コロナ禍のパンデミックの中で日本の国際的見識は今後も含めてどのように評価されるであろうか。五輪開催の実現だけでなく、むしろ問われ続けるのはその点であろう。

国際的な日本の将来に対する評価に大きな影響

拡大kovop58 / Shutterstock.com

 オリンピックというと、スポーツの祭典で軍事・防衛・経済交渉などに比べて軽いものにまだ考えられがちではないだろうか。今回の五輪についていえば無事に実施できることが日本に対する評価の基準ではないと思う。焼け野が原から立ち上がった敗戦国がアジアで最初に実施した五輪という1964年の高揚感と意気込みは本にも世界にもない。世界で第三位の経済大国だから成功は当たり前なのである。

 今回の五輪の評価はその先にある。日本はメッセージを持ち、世界を精神的に引っ張っていけるそういう国となっているのかどうかという点である。でなければ、観光客誘致とその後の経済的刺激策としての五輪という位置づけであろうが、それは日本のことだけを考えた発想だ。今の日本の身の丈から言えば、五輪が矮小化されている以外の何物でもない。

 世界を広く見てみると、70-80年代の日本の経済・技術の比較優位はない。政治は安定しているが、その真相は「日本的なデモクラシー」であることも世界に次第にわかりかけている。70年代日本が経済繁栄した時の「日本型経営方式」は評価されたが、「失われた二十年・三十年」はその負の部分の顕在化であることはだれにもわかる。しかしそれでもGDP世界第三位の経済大国である。世界の日本に対する期待もまだあると思う。それは無事に大過なく五輪を実施しましたということではないと思う。それだけでは日本の評価が大きく飛躍することはないだろう。

 日本はこのイベントのメッセージを世界に送り、日本の国家ブランドを高めるための文化外交として位置付ける意識がもっと必要だ。筆者はこのオリンピックの評価は国際的な日本の将来に対する評価に大きな影響力を持つと思う。

 そうした立場から考えてみると、パンデミックの中で、誰しも納得する対応が必要であろう。何のために五輪を開催するのか。もう十分に繫栄し、今や既存先進国・経済大国の一員とみられる日本に対して何が望まれているのか。日本的な情緒豊かな文化を理解してもらうことはもちろんだが、この国が世界の中で協力しつつ、リーダーシップを発揮する姿勢を示すことは五輪外交に託された大きな意味ではないだろうか。

 1年ほど前に安倍総理が、五輪開催中止の国際的な圧力が高まりそうな機運の中で五輪開催延期を発表した。ぎりぎりの判断であったが、世界はその日本の判断を是として受け入れたと思う。国際的決定が出る前の発言だったから意味があった。そのころ筆者は、その決定を是としつつも、もう一歩踏み込んでいえば、明確に延期という必要もなければ、1年の年限もつけるべきではない、と考えた。それは世界が判断することである。日本はただ一言、「コロナ禍が収まり、世界が落ち着いてから平和の祭典を皆さんと一緒に行います」と言うだけでよいと、いくつかのメディアを通してそう発言したが、その声は届かなかった。

 その考えは今も変わっていない。私の提案のポイントは、自ら開催中止を明言する必要はないが、世界の情勢を見て、柔軟に対応する懐の深さを示すことであり、その前提にはまず世界の安定があることを前面にアピールすることだ。ここまで準備したのだから、大きな損害も出るだろうが、それを受け入れるだけの物理的精神的度量は示すべきである。

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筆者

渡邊啓貴

渡邊啓貴(わたなべ・ひろたか) 帝京大学教授

1954年福岡県生まれ。帝京大学法学部教授、東京外国語大学名誉教授。在仏日本大使館広報文化公使。東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒業、東京外国語大学大学院地域研究科修士課程修了、慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程修了、パリ第一大学大学院国際関係史研究科博士課程修了(DEA)。専門は、ヨーロッパ国際関係論、フランス政治・外交、ヨーロッパ外交史、米欧同盟論。著書に『フランスの「文化外交」戦略に学ぶ』『現代フランス 「栄光の時代」の終焉、欧州への活路』『アメリカとヨーロッパ-揺れる同盟の80年』など。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです