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「寛容性がない自民党では、最終的に国民に拒否されます」

後藤田正純インタビュー/下

木下ちがや 政治学者

 地方政治の劣化について話を聞いた「後藤田正純インタビュー/上」に続き、後半では貧困対策や労働問題に取り組んでいる国政を中心に語ってもらった。(木下ちがや)

個人の尊厳が認められない国でいいのか

拡大消費者行政について議論する自民党の後藤田正純氏(左)と民主党の仙谷由人氏=2008年8月31日、徳島市

後藤田 僕のことをよく知っている人は「おまえは民主党よりも革新系やな」といいますよ。僕がそこらの野党議員よりもずっと労働問題に力を入れてきたということは、組合も認めたがらない。僕は連合に推薦依頼だそうと思ってるくらいです(笑)。全体としてみればたしかに自民党は企業寄りだろうと思われているでしょうが、一個人として見てほしい。政党政治だからたしかに党派を選ぶわけだけれど、その中でも与党になったときにはちゃんとブレーキになる人が必要でしょう。

 夫婦別姓についても党の世話人として関心を持っていますが、個人の尊厳が認められない国は何なんだって話でしょう? そういう意味じゃ、徳島では僕以上にリベラルな政治家はいないと自負してます。亡くなった仙谷由人さんは僕の親父(後藤田圭博)の葬式に来てくれました。親父は僕が選挙に立つ前は、仙谷さんを応援してました(笑)。親父は東大の医学部闘争でつかまった男なんですよ。僕のことを本当に知っている人は、反体制というわけじゃないが、僕のことも「左め」に見ていますね(笑)。

――後藤田さんはクレサラ・商工ローン問題を取り組み、2006年には貸金業規正法改定に抗議して政務官も辞任されています。07年には「反貧困助け合いネットワーク」にも参加された。いまのコロナのなかでまたリーマン危機のような問題が起きています。リーマンのときは後藤田さんは自民党で、野党の側とも一緒にやったわけですが、その経験をふまえて今回のコロナ禍に何がいえるのかということも聞いてみたい。

後藤田 サラ金問題だけでなく、自民党の中でずっと労働問題をやっていて党の中に雇用調査会をつくって初代事務局長をやりました。消費者庁をはじめて作るときも党の消費者問題調査会の初代事務局長。ものを売る人、買う人の間では買う人の方が圧倒的に弱者です。情報の非対称性があって消費者はどうしても弱いのだから、消費者問題は大事だと言い続けてきました。銀行問題もサラ金問題も、貸す側が圧倒的に強いんです。労働問題も労使においては使用者の方が圧倒的に優越的な地位にあるわけですよ。だから労働問題もずっとやってきました。政治家になった志というのもそう。「ため息を聞き漏らすな」「表情の変化を見逃すな」というのが、今も私の基本です。

――リーマン後に政権交代があって、さらに安倍政権が生まれた。その中で後藤田さんは、はっきりいって「沈黙」を強いられてきた状態だったのではないですか。リーマンショックのあと、後藤田さんはある種、自民党の「異端児」として活躍されていたのではないかと思うのですが・・・

拡大後藤田正純・自民党政調会長代理 1969年生まれ。2000年、自民党公認で衆議院選挙に立候補し初当選。現在まで当選7回(徳島1区)。第2次安倍内閣で内閣府副大臣を務めた。後藤田正晴元官房長官は大叔父にあたる
後藤田 異端児、というのはどうかな。僕は自分が普通だと思ってきたから。手前味噌かもしれないが僕はまったく変わってないんです。議員になる前の商社時代の経験というのもあります。取引先で自殺された方がいたんです。中小企業を助けるために商社として支払いの猶予をしたら上司にしかられたこともありました。私は変わってないし、ずっと真ん中にいると思っているんですが、みなさんが異端だとか批判だとかおっしゃるのはおかしいんです。安倍政権になって沈黙といいますけど、いちおう内閣府の副大臣もやらせていただきましたし、石破派でいろいろ発信してきました(笑)。

――野党の幹部の人からは、「後藤田さんはいいことを地道にやっているんだけども、自民党ではそうではない人が主流になっていてきついんじゃないか」とも聞きました。

後藤田 それはそれで、いいんじゃないですか(笑)。サラ金規制だって社会福祉法人改革だって、それが評価されていないって同情して下さるのはいいけど、別に僕にとってはどうでもいい話です。クレサラ問題のときは、タクシーに乗ったときタクシーの運転手さんから、「あなたのおかげで助かった」ということを何人もの人から言われました。それでいいんです。

 僕は自分が何かをしたからといってそれで肩書を得ようとか考えていません。肩書なんかなくてもできるんですよ。だってぶっちゃけ、歴代大臣はサラ金規制など何もしてこなかった。全部役人の引いた線路で役人の書いた答弁させられて。もし僕が文科大臣だったら、いじめを絶対になくすって最初に宣言しますよ。「何になるか」ではなく、「何をするか」が大事です。

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筆者

木下ちがや

木下ちがや(きのした・ちがや) 政治学者

1971年徳島県生まれ。一橋大学社会学研究科博士課程単位取得退学。博士(社会学)。現在、工学院大学非常勤講師、明治学院大学国際平和研究所研究員。著書に『「社会を変えよう」といわれたら」(大月書店)、『ポピュリズムと「民意」の政治学』(大月書店)、『国家と治安』(青土社)、訳書にD.グレーバー『デモクラシー・プロジェクト』(航思社)、N.チョムスキー『チョムスキーの「アナキズム論」』(明石書店)ほか。

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