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日米ロで広がる陰謀論の裏側/上

トランプにさきがけて為政者自ら陰謀論を政治利用したプーチン

塩原俊彦 高知大学准教授

 いわゆる「陰謀論」についてはこれまで、真正面から学問的に論じられる機会が少なかった。「悪」を特定し、いや、でっち上げ、そうした「敵」にさまざまなレッテルを貼りつけて自らの権力の維持・拡大に結びつけようという悪しき策略は、学問対象となりにくいからである。

 だが、陰謀論がパンデミック下の世界でますます広がっている状況を考慮すると、陰謀論を真正面から論じる必要性を強く感じる。そこでここでは、ロシアと米国における陰謀論を比較しながら、この問題をいわば政治学や地政学の観点から考察することにしたい。その結果として、日本への教訓を引き出すこともできるだろう。

 結論から言うと、米国における陰謀論はドナルド・トランプ前大統領時代にはじめて大統領自身によって政治利用されるようになったが、ロシアでは陰謀論がもっと早くから、ときの為政者によって利用されてきた。この点が決定的な違いである。

 そこでまず、ロシアにおける陰謀論の変遷について分析したい。なお、より一般的な陰謀論について理解を深めてもらうには、拙稿「反グローバリズムを加速するコロナ陰謀論」が参考になるかもしれない。今回のここでの記述は、イリヤ・ヤブロコフ著『ロシア要塞:ポスト・ソヴィエトロシアにおける陰謀論』(Polity Press, 2018)を参考にしている。

権力闘争としての陰謀論

拡大ミシェル・フーコー=1970年10月、神奈川県鎌倉市の円覚寺

 陰謀論を論じるには、そもそも「政治的権力」と「真実」とが深く関連しているというミッシェル・フーコーの卓見から出発しなければならない。彼は、1976 年のインタビュー「知識人の政治的機能」において、この問題について明確に論じている。そのなかで有名なのはつぎの部分である。

 「それぞれの社会には、真実の体制(regime of truth)、真実の「一般的な政治」(‘general politics’ of truth)がある。つまり、それは、それが棲息し、真実として機能するための根拠となる言説の種類、真実と虚偽の記述を区別することを可能にするメカニズムと事例、それぞれが制裁される方法、真実を得るために行われる技術と手続き、何が真実とみなされるかを言うことに責任を負う人々の地位である。」

 つまり、何か絶対的な真実があるわけではなく、体制ないし一般的政治に支えられて真実があるだけなのだ。そのうえで、フーコーは、「我々のような社会では、真実の「政治経済」は歴史的な重要な5つの道筋によって特徴づけられていると指摘する。

 「真実」は、①科学的言説を生産するその形態と制度を中心としている、②一定の経済・政治的煽動の対象となる、③多様な形態下での膨大な拡散と消費の対象となる(ある厳格な制限にもかかわらず、比較的広範な教育・情報の装置内で循環する)、④少数の偉大な政治・経済的装置(大学、軍、執筆、メディア)の支配下で生産・伝達される、⑤全体の政治的な議論と社会的な対立(「イデオロギー」闘争)の利害関係である――ということになる。

 このフーコーの見解を敷衍すると、陰謀論とは、何が真実かをめぐって、同じ政治体制内や異なる政治体制の内外で生じる権力闘争であるとみなすことができる。したがって、後述するように、ロシアの権力者が自らの権力を維持・拡大するために真実として流す言説は、彼らのような主流派にとっては決して陰謀論ではない、まさに真実であるからだ。真実かどうかの決定権は主流派にあるのだから。しかし、ロシアの外部からみると、ロシア内部の主流派の主張は我田引水の虚偽であり、真実ではないようにみえる。ゆえに、外部にあっては、ロシアの支配層が自ら陰謀論を流し、権力維持に利用しているようにみえることになる。

 いわゆる一般人は、権力者たる主流派が教育などの制度を通じて押しつける言説を真実として受けいれがちだ。主流派が科学的言説を生産するその形態と制度を中心に「真理」に忠実であればいいが、実際には、こうした科学的言説を政治利用するケースも多い。そもそも科学的言説自体がきわめていい加減であることはパンデミック下での「専門家」なる人物が教えてくれたはずだ。

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筆者

塩原俊彦

塩原俊彦(しおばら・としひこ) 高知大学准教授

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士(北海道大学)。元朝日新聞モスクワ特派員。著書に、『ロシアの軍需産業』(岩波書店)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(同)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局)、『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)、『ウクライナ2.0』(同)、『官僚の世界史』(同)、『探求・インターネット社会』(丸善)、『ビジネス・エシックス』(講談社)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた』(ポプラ社)、『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)、The Anti-Corruption Polices(Maruzen Planet)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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