メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

日米ロで広がる陰謀論の裏側/下

ゲーム感覚で情報をもてあそぶことに娯楽性さえ感じる人々

塩原俊彦 高知大学准教授

 2011年9月24日、当時、ロシア大統領だったドミトリー・メドヴェージェフは与党の大会で、次期大統領選に出馬せず、ウラジーミル・プーチンを大統領候補に推薦すると発表した。筆者はこのとき、モスクワにいたが、多くの人々がこの発言に悲嘆の表情を見せた。プーチンではなく、メドヴェージェフのほうがうまく国政を運営できるとの期待を彼自身が裏切ったことになる。

 同年12月の下院選で不正があったとして、反政府運動が広がりをみせるという事件も起きた。2012年3月の大統領選を控えていたプーチンにとって困った事態であったが、これを救ったのが同年2月21日、6人の女性グループ、「プッシー・ライオット」が救世主ハリストス大聖堂で無許可の演奏を行った事件である。プーチン追放を求めて歌った彼女らを、国の分裂をねらった西側の「操り人形」とみなす見方が意図的に広められたのである。

 宗教さえ西側から脅威を受けているとの陰謀論がロシアを守る体現者としてのプーチンへの支持につながり、彼は3月5日、大統領選で勝利する。拡大しつつあった民主化要求勢力を圧倒したのは、2012年1月から展開されたテレビなどを使ったキャンペーンであった。西側を「敵」として、その敵からロシアを守る人物としてプーチンを描くことで、勝利に結びつけたことになる。既存の権力側がある種の陰謀論を利用して、自らの権力を守ったのだ。

 ここでも、権力者であるプーチンが「勝者の論理」を、マスメディアを使って喧伝することで、外部からみると、まったく根拠のない陰謀論を使って多くの国民を騙したことになる。

ウクライナ危機はロシアかそれとも西側の陰謀か

拡大ウクライナのヤヌコヴィッチ大統領(当時、左)とロシアのプーチン大統領=2012年8月25日、ソチ・ロシア photowalking / Shutterstock.com

 これまで説明してきたように、プーチンは西側の脅威を煽って、それへの備えとしての「強い国家ロシア」の実現の必要性を訴えてきた。それを権力の奪取や維持に利用してきたと言えよう。だが、2013年末から2014年に表面化したウクライナ危機以降、プーチンら権力側は、選挙前の短期間だけこうした主張を戦術的に利用するといった手法を変更し、西側が陰謀をめぐらしているという陰謀論をより直接的に説くようになる。

 この論考の〈上〉で紹介したイリヤ・ヤブロコフはその著書『ロシア要塞』のなかで、つぎのように指摘している(163ページ)。

 「ウクライナ危機のピーク時に、ロシアの政治エリートは、国家に傾斜したメディアと同じく、陰謀論を利用し、西側とともに敵がロシアに対して戦争を行いつつあるという恥知らずな非難をしはじめた」

 この指摘は、西側の立場から書かれている。その意味で、「正しい」わけではない。

 ロシアからみると、ウクライナ危機を仕組んだのは米国であり、その混乱に苦しむロシア系住民の命と暮らしを守るための自衛策として、2014年3月、ウクライナからロシアへのクリミア併合に至ったということになる。

 プーチンに言わせれば、ジョージアでの「バラ革命」、ウクライナでの「オレンジ革命」についで、再びウクライナで「色の革命」を仕掛けようとした、米国を中心とする西側勢力がたしかに存在することを証明したのがウクライナ危機なのだ(ジョージアの最大の納税者が国内を通るガス配送網を所有するアゼルバイジャンの国営石油会社SOCARの子会社であり、重要インフラのトビリシとバトゥミの空港が2027年まで管理契約を結んだトルコ系企業によって管理されており、配電網はチェコの多国籍企業によって所有されている現状を知れば、「バラ革命」がすばらしいものであったとみなすことへの疑問がわくだろう)。

 ゆえに、2014年の前までプーチンらが利用してきた西側脅威論は、根拠のない「敵」をでっち上げた「陰謀論」ではなく、根拠のある脅威論として的を射ていたことになる。

 これに対して、米国を中心とする西側では、ウクライナ危機とその後のロシアによるクリミア併合がプーチンによって仕組まれた、第二次世界大戦後の国境変更を強いる暴挙であるとの見方が広がる。あくまで、外部からみると、プーチンは西側を「敵」としてでっち上げる陰謀論を利用して、自らの国境変更を正当化しようとしている、ということになる。

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

塩原俊彦

塩原俊彦(しおばら・としひこ) 高知大学准教授

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士(北海道大学)。元朝日新聞モスクワ特派員。著書に、『ロシアの軍需産業』(岩波書店)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(同)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局)、『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)、『ウクライナ2.0』(同)、『官僚の世界史』(同)、『探求・インターネット社会』(丸善)、『ビジネス・エシックス』(講談社)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた』(ポプラ社)、『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)、The Anti-Corruption Polices(Maruzen Planet)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

塩原俊彦の記事

もっと見る