メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

アメリカのワクチン接種はなぜ急速に進んだのか?

日本が学ぶべきヒント

佐藤由香里 (株)日本総合研究所 国際戦略研究所 研究員

米国ワクチン戦略:5つのキーポイント

 大規模なワクチン接種プログラムには、開発→製造→集団接種という3つの大きなハードルが存在する。米国がそれらを克服し、迅速に展開するにあたりキーポイントとなったのが、①被害の大きさ、②資金力と市場規模、③大規模サプライチェーンの創出、④収容・人員キャパシティ、更に⑤啓蒙活動、という5つの要素であった。

米:1億7,100万回(人口の26.5 %)、中:1億4,400万回(同5.1%)、印:8,800万回(同3.2%)英:3,700万回(同28.0%)、独:1,500万回(同9.3%)イスラエル:1,000万回(同56.3%)、日:140万回(同0.6%)。(Bloomberg 4月8日集計)(グラフ:Our World in Dateの資料を基に作成)拡大【世界の累計ワクチン接種数の比較】米:1億7100万回(人口の26.5 %)、中:1億4400万回(5.1%)、印:8800万回(3.2%)英:3700万回(28.0%)、独:1500万回(9.3%)イスラエル:1000万回(56.3%)、日:140万回(0.6%)。Bloomberg 4月8日集計(グラフはOur World in Dateの資料を基に作成)

1)被害の大きさ

 まず米国の被害の深刻さは確実にワクチンの開発・接種のスピードを速めた。

 最近のCDC(米疾病管理予防センター)の報告によれば、2020年の米国全体の死亡率*1は前年比で15%増加し、第1次世界大戦時中のスペイン風邪の流行(1918年)以来の増加率という驚異的な数字である。

 経済的被害に関しては、2020年4月、大恐慌時代以来最悪の失業率14.7%を記録し、GDP(国内総生産)の伸び率は、2020年第2四半期(4~6月)に前期比年率マイナス32.9%と統計開始以来最大の減少幅であったと報告されている。

 更に、国家を守る安全保障面への影響に関しては、昨春以降に米軍艦船乗組員の集団感染が伝えられ、一時は事実上の「機能不全状態」に陥った。これは新型コロナが米軍の抑止力に支障をもたらし、感染が拡大するほど安保上の懸念が高まること、また国際保健上の懸念を越えた「政治的課題」になり得ることを示唆し、総じてアメリカの身体的、経済的、安保上の懸念の強い高まりは、ワクチン開発のスピードを急速に後押しする動機となった。

*1 死亡率の定義:ある集団に属する人のうち、一定期間中に死亡した人の割合。通常1年単位で算出され、「人口10万人のうち何人死亡したか」で表現される。

2)資金力と市場規模

 言うまでもなく迅速なワクチン開発には莫大な国の助成金が不可欠だが、トランプ大統領(当時)は「ワープスピード作戦」の下、約140億ドル(約1兆5千万円)もの予算を23種類のワクチン開発の関連契約に投入し、他国を圧倒した(結果、3種類のワクチンが緊急使用承認を獲得)。

 米国は従来ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)など多くの大手製薬企業が名を連ね、医薬品市場規模・研究開発(R&D)投資額でも世界一の規模を誇る。そうした安定した地盤が、米国を「ワクチン先進国」たらしめ、また迅速なワクチン開発に欠かせない要素となった。

拡大「ワープスピード作戦」で政府の助成金が契約されたワクチンリスト。赤色に表示された3種類のワクチンが現在米国内で使用されている

筆者

佐藤由香里

佐藤由香里(さとう・ゆかり) (株)日本総合研究所 国際戦略研究所 研究員

カルフォルニア州立大学で学士号(国際関係論)、ワシントン・セントルイス大学で理学修士号(公衆衛生学・MPH)取得。米国中西部の地域病院プロジェクトマネージャー、在米デンバー総領事館専門調査員(政治・経済・広報文化)など8年間の米国生活を経て2019年7月に帰国。同8月より現職。注力テーマは米国の内政・選挙、公衆衛生、社会問題。国際戦略研究所ウェブサイト『考』に分析レポートを掲載。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

佐藤由香里の記事

もっと見る