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米国政治の研究者から防衛大学校長になった私の思い~久保文明さんに聞く

東大教授から転身。「安全保障への知的貢献で自衛官の教養向上を」

藤田直央 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

 自衛隊の幹部候補生を育てる防衛大学校(神奈川県横須賀市)の第10代校長にこの4月、米国政治研究で知られる久保文明氏が就任した。浦賀水道を望む高台にあるキャンパスの校長室を訪ね、東大教授から転身した抱負などを聞いた。

防衛大学校の久保文明新校長と校旗、キャンパスの写真=4月8日、神奈川県横須賀市小原台。藤田撮影

幹部候補生の「人間力」養成が必要

――ご就任から一週間が過ぎました(インタビューは4月8日)。防衛大学校の創立には、自衛隊に「民主的防衛部隊として高い教養を」と望んだ吉田茂首相が尽力しました。それから67年、第10代校長としての抱負はいかがですか。

吉田茂・元首相=1964年。朝日新聞社
 これまでは自由を満喫していました。東京大学法学部の同級生で、中央省庁を退官し民間に再就職した私の知人からは、「物好きだね。わざわざ不自由なところに」と言われました。

 まじめな話としては、就任して中の状況を知れば知るほど、難しい課題に立ち向かう幹部自衛官の責務と、その候補生を育てる防大のミッションの重さを意識しているところです。

 今の幹部自衛官には、宇宙・サイバー・電磁波など続々と出てくる新分野に対応する能力が必要です。日本の安全保障環境は戦後でおそらく一番厳しく、当然だと思っていた自分の領土を守れるかどうかという状況に直面しています。全て応用問題で、暗記では片付きません。

 また、上官の命令に従うのが自衛隊ですが、パワハラが許されない中で部下を統率するには階級に関係ない「人間力」が必要です。学生は全寮制の8人の相部屋で4年間寝食を共にして鍛えられ、そうした素養を学ばないといけない。国家公務員として手当は出ますが、かなり重いプレッシャーの下にあります。

1957年、防衛大学校1期生の卒業式で、国旗(左端)の下で槇智雄校長から卒業証書を受ける卒業生。左下隅は来賓で着席した吉田茂・元首相=神奈川県横須賀市。朝日新聞社

 米国と違い、日本社会には自衛隊員や防大生を好意的に見てくれない部分もまだあります。自衛隊は憲法違反だという見方もあります。そうした厳しい環境で学ぶ学生たちを支えたいと思いました。私の就任に学界では批判があるかもしれませんが、覚悟の上でした。

「まさか私に」。 打診は2019年

――ご就任に至る経緯を教えてください。

 2019年末に防衛省の幹部から、当時の国分良成校長の後任にという話がありました。しばらく考えて翌年の3月ごろ、お世話になりますと返事をしました。その話が安倍晋三内閣から菅義偉内閣に引き継がれました。

 最近4代の校長は学者出身でおつきあいがありましたが、まさか私に来るとは思いませんでした。最初の段階では第8代の五百旗頭真・兵庫県立大学理事長に相談に乗っていただきました。内定してからは第9代の国分先生からもご助言をいただき、慶応大学法学部教授の同僚として入試事務長をした時以来の引き継ぎをしました。

防衛大学校の応接室に掲げられた歴代校長の写真=藤田撮影

◇歴代の防衛大学校長 ※()は前職

1954〜 槙 智雄(慶応大学教授)
1965〜 大森 寛(陸上幕僚長)
1970〜 猪木 正道(京都大学教授)
1978~ 土田 国保(警視総監)
1987~ 夏目 晴雄(防衛事務次官)
1993~ 松本 三郎(慶応大学教授)
2000~ 西原 正(防衛大学校教授)
2006~ 五百旗頭 真(神戸大教授)
2012~ 国分 良成(慶応大学教授)
2021~ 久保 文明(東京大学教授)

――久保さんは米国政治研究で知られ、最近では大統領選挙の解説でメディアでもおなじみです。そもそもどうしてこの道に進まれたのですか。

 米国には大学に入るまで行ったことも、親が住んでいた訳でもなく、特に関心はありませんでした。恩師となる斎藤真教授の米国政治外交史の講義が転換点でした。欧州や日本との違いという大きな文脈で米国の歴史や政治を語られ、知的な好奇心を駆り立てられました。

 1930年代のニューディールに関する論文で博士号を得ましたが、歴史の面から米国政治研究に入ったことは現代を見る上でかなり役立っています。例えば最近の陰謀論の跋扈(ばっこ)は、1950年代に共産主義者を弾圧したマッカーシズムのように、米国で時々起きる現象と言えます。

 一方で現実を理解するには、本だけではなく現場を踏むことも大事です。トランプ氏が当選した2016年の大統領選でニューハンプシャー州の集会に行きましたが、参加者が従来の共和党支持者とは明らかに異質でした。民主、共和各党のブレーンとは1990年代から交流を続け、考えの変化を追っています。

2016年の米大統領選でトランプ候補の演説を聴くためニューハンプシャー州の集会を訪れた、東大教授当時の久保氏=朝日新聞社

軍事とアカデミズム関係に見る日米の差

――米国社会を見つめる中で、冒頭に触れられた軍事とアカデミズムの関係も肌で感じるところがあったのでしょうか。

 ええ。斎藤先生がよく、「日本の米国政治研究には宗教と軍事の面が欠けている」と言われていました。米国での留学や調査を通じて感じたのは、国のために命をかけて戦う軍人への敬意が社会にあり、軍幹部がそれにふさわしい教養を得ることを、軍事とアカデミズムの相互浸透が支えているということです。

斎藤真・東京大学教授=1982年。朝日新聞社
 米国では軍への知的投資が盛んで、新たな作戦や兵器の開発につながりますが、間違いを犯さぬよう憲法への忠誠心なども学びます。国防大学(National War College)では中堅幹部への再教育があり、研究対象に選んだ世界各地に行かせて広い視野を持たせている。私の東大や慶大のゼミで学生と議論の場を設けたこともあります。

――かたや日本では、敗戦で軍事とアカデミズムの関係は疎遠になりました。米国との違いをどのように意識されましたか。

 米国の政治から外交、日米関係、日本の安全保障政策へと関心を広げる中で、戦後の日本の軍事とアカデミズムの関係には特殊なところがあり、それが社会の自衛隊への見方にも影響していると考えるようになりました。

 すべからく軍事研究は悪であるとか、そもそも自衛隊は違憲であるということではなく、日本のアカデミズムは正面から軍事に向き合うべきではないでしょうか。日本への脅威が高まる中での安全保障と、それを現場で担う人材を育てるための知的投資について、社会全体で考えるべきだと思います。

防衛大学校の本部庁舎=藤田撮影

――久保さんとしてはそうした意味で、防衛大学校で幹部自衛官候補生の「人間力」を育てたいということですか。

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