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持続可能な経済、国民と作る政治…自民党にかわる選択肢を示す~立憲衆院議員座談会

立憲民主党の新世代の4議員が語る「令和」の政治の現実と野党の生きる道

小川淳也・落合貴之・亀井亜紀子・堀越啓仁 立憲民主党衆院議員

グローバリズムの「負の部分」にどう向き合うか

――野党のあり方や政権交代については後で詳しくお聞きするとして、まずは現在の政治状況についての認識をお伺いしたいと思います。今年は令和3年ですが、振り返れば、「平成」の初めは冷戦が終わったり、バブルがはじけたり、自民党、社会党による「55年体制」が幕を下ろしたり、文字どおり「大転換期」でした。新型コロナという思わぬ危機に見舞われた「令和」の初めも、大転換期になるのでしょうか。

拡大落合貴之さん=2021年4月14日
落合 平成は、冷戦の終焉で東西を隔てる壁がなくなり、グローバリズムが進みました。日本の1990年代は改革の時代でしたが、グローバリズムに国を合わせていこうという改革だったと思います。それから30年がたち、「負の部分」があらわになった。特にリーマンショック以降、1%のお金持ちとそれ以外という社会の分断が、各国で深刻になりました。令和では、グローバリズムの負の部分にしっかり政治が対応しないといけません。

 平成を特徴づけるもう一つはIT化の進展です。令和はそれがさらに進み、AIが人間を超える「シンギュラリティー」が2045年頃に到来するとも言われています。AIの使い方やルールを決めておかないと大変なことになると思います。

小川 グローバリズムでいろいろな構造問題が起きているのに、政治が国内単位であるギャップから、様々な悶絶(もんぜつ)が生まれています。対応の方向は二つしかありません。一つは経済をローカルにする。それは保守主義、ナショナリズム、保護主義に結びつきます。もう一つは、政治をグローバルにする。矛盾を解決するため、国際政治の機能を強化する。この道は容易ではないですが、どの国も国民も経験したことがないチャレンジに踏み出さないといけないと思っています。

 落合さんが触れた格差拡大の背景には、グローバリズムのもと公平な再分配が行われていないことがある。OECDで議論されている法人税の下げ止め、引き上げや、「GAFA」への課税はやるべきですが、より重要なのは、世界が成長経済から決別することです。成長によって矛盾を解消した20世紀的発想から、成長がなくとも最適な再分配で各国の国民生活を担保する「パラダイムシフト」を志向するべきだと思います。

拡大亀井亜紀子さん=2021年4月14日
亀井 私もグローバリズムが跋扈(ばっこ)する時代はもう終わりだと思います。「負の部分」があまりに大きい。たとえば、日本ではコロナのワクチンの入手に苦労しました。各国とも自国優先ですから、日本に来なかった。これは食糧自給率にも共通する問題です。日本は食糧自給率が4割を切っていますが、これはゆゆしきことです。貿易は確かに大事ですが、人の往来が止まり、物流が滞った時、外国に頼らずに日本が存続できるような政策が必要だと思います。

 今、米中の対立が激化して、「新冷戦」とも言えるような状況が始まっています。豊かになった中国が、富を軍事力に振り向けるとともに、世界を中国のサプライチェーンに組み込むという経済安全保障上の布石を着々と打ってきたことに、アメリカをはじめ各国が気付き始めた。これからは、民主主義・人権・法の支配・言論の自由といった価値観を共有する国々との経済活動を考えていくべきだと思います。

豊かさについて一人ひとりが考える節目

堀越 僕が政治に関心を持ち始めたのは10年前の3・11。原発事故があり、生きていくうえで本当の豊かさとは何かを考え始めたのがきっかけです。この問題意識を加速させなければいけないという思いがあります。

 モノに囲まれていても、人はあまり豊かさを感じないんじゃないか。周りの40代の人たちと話をしていると、食の問題や健康、環境といったモノの豊かさとは別のものに意識が向いてきている感じがします。豊かさについて、国民一人ひとりが自分の頭で考えなければならない節目にきていると思います。

 私は僧侶でもあるので、超高齢化社会とその先の多死社会、「命」の問題も気がかりです。コロナ禍で自殺者が増え、子どもの自殺者が昨年は400人以上もいるのは、異常な事態です。

――豊かさについて考えることで政治に関心をもつようになったというのは興味深いですが、政治家になるには大きな決断がいると思います。引き金になったのは何だったのですか。

拡大堀越啓仁さん=2021年4月14日
堀越 もともと僕は医療と介護の作業療法士をしていました。脳卒中患者の自宅復帰を支援していた時、医療保険でのリハビリは原則、半年で終わりという方針がいきなり国からおりてきて、現場は患者に平謝りしなければならない状況になりました。診療報酬改定なども国の方針がいきなり上から降ってくる。そこに疑問を感じたのが、政治家になる動機です。

 黙っているとダメというのが政治活動の基本です。たとえば県の条例がかわり、障害福祉サービスが切り詰められたら、当事者の方々と話をして、利用者の家族や本人の負担が増えるのが許されないと思えば、署名活動やら要望活動を一緒にやりませんかと呼びかけています。

――政治家になる動機やきっかけはそれぞれだと思いますが、政治信条や行動原理が透けてみえるようでおもしろいですね。

落合 私は堀越さんと同学年で、平成が始まった時は小学生でした。政治家とは縁のない家でしたが、ベルリンの壁が壊されたり、モスクワのレーニン像が倒されたりするインパクトのある映像をテレビで見ているうちに政治に興味を抱き、サラリーマンを経て、政治家になりました。

 議員になって分かったのは、有権者の意思がほぼ反映されていない政治の実態です。民主主義的な選挙を経ているはずなのに、なぜそうなるのか。考えた末、投票する側と選ばれる側が、それぞれを別の世界の存在だと思っているのが原因だと思うようになりました。

 民主主義が機能するためには、選ぶ側が選ばれた人たちを育てる、あるいは選ぶ人の中から選ばれる人がでてこないといけない。SNSをうまく使い、普通の人でも政治家になれる、普通の人が出てほしいと思う人を政治家にできるようになればと思いますね。

国民に「選択肢」を示すため政治家に

拡大小川淳也さん=2021年4月14日
小川 私は団塊ジュニア世代です。社会に出た1994年はバブル崩壊後で就職氷河期。社会人として一度も本格的な好景気を経験したことがない。僕らの世代は前原誠司さん、枝野幸男さんの世代に育ててもらった自覚がありますが、この世代の人たちはどこか楽観的です。私たちの世代は、もっとシビアに社会の行く末を見つめ、どうやって安定社会を築くかを考えている。

 落合さんと同様、実家は政治家とは関係がありません。パーマ屋を営む父母は庶民ですが、社会の役に立つ人になれと言われ、中央官庁に進みました。しかし、天下りや接待問題で幻滅、政治家を志しました。

 当時、自民党はずいぶん痛んでいたので、国民が「選択肢」を手にしないと浮かばれないと考え、野党の民主党の門を叩いた。国民にまともな政治のオプションをつくりたかったのです。時代は成長期の安定軌道からすでに外れていました。成長幻想から脱却し、社会の持続可能性を追求する。そんなオプションです。

亀井 私は4人のなかでは唯一、父親が政治家、いわゆる世襲です。ただ、世襲といわれるのが嫌で、職業としては政治を選択しないできました。

 父は政治家を継がせようとは思っていませんでした。ただ、郵政民営化に反対して自民党を離党、政党をつくり、地元で自民党への対立候補を立てないといけなくなった。野党が政権をとるには、各選挙区で候補者を出して与党にかわる選択肢を示さないといけない。けれども、与党の強い候補者に対して手を挙げる人はなかなかいない。まずは自らが選択肢になろうと、参院選島根全県区に立候補しました。

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