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交通事故の死傷者数を少なく見せたい本当の理由~背後に成果主義と新自由主義

交通事故は本当に減っているのか(下)

斎藤貴男 ジャーナリスト

 「本当は減っていない日本の交通事故~統計数字が暴く見せかけの安全神話/交通事故は本当に減っているのか(上)」に続いて、交通事故統計の数字が実態と乖離(かいり)している問題について論じる。そもそも、見せかけだけの安全神話はどうして生まれたのか。それは日本社会に何をもたらすのか?

交通安全の分野にも「成果主義」が導入

拡大『交通事故は本当に減っているのか?』(加藤久道著、花伝社)
 死者と負傷者を合計した「死傷者」の数値目標を初めて設定した第8次交通安全基本計画(2006~10)は、日本の交通安全対策史上、きわめて大きな転換点となった。自動車保険に詳しく、先ごろ『交通事故は本当に減っているのか?』(花伝社)を出版した保険評論家の加藤久道氏は、筆者の取材に「交通安全の分野にも、明確な形で『成果主義』が導入されたということです。ノルマみたいなものですね」と語っている。

 成果主義とは、〈従業員の報酬や昇進を、年功でなく仕事の成果を基準に決める考え方〉(『広辞苑』)のことだ。具体的な数値目標を設定しては、期限ごとの達成度を評価していく。

 目標の数値が適切なら、成果主義は有効に機能するかもしれないが、まともな方法では達成不能な「願望」でしかない場合は、百害あって一利もない。尋常ならざる手段がはびこるのが組織の常である。

 交通警察の現場が事故の数字ばかりにとらわれ、実態を置き去りにした結果が、統計上の負傷者数の激減と、「隠れ人身事故」の急増だった。すなわち交通事故統計と自賠責保険支払件数の異様な極端なまでの乖離。前回はそこまで指摘した。

拡大交通取り締まりを行う警察官ら=2021年3月22日、名古屋市瑞穂区

大胆な数値目標を次々と達成した一方で……

 第8次交通安全基本計画において「死傷者100万人以下」の大目標は、早くも3年目(2008年)にはクリアされた格好になっている。その後も統計数字の減少はめざましく、基本計画は更新のたび、より大胆な数値目標を定め直して、今日に至った。

 第9次交通安全基本計画の最終年(2015年)に67万140人だった死傷者数を、さらに25.4%も減らす50万人以下の目標を掲げた第10次交通安全基本計画(2016~20)では、ついに死傷者40万人割れさえ達成している。19年以降の自賠責保険支払件数はまだ発表されていないが、従来と同じ傾向が続いていれば、もはや乖離率0.30台、などという事態にまで陥ってしまっている可能性なしとしない。

 以上のような、交通事故統計が現実とはかけ離れたものになり果てている状況を、交通警察当局が承知していないはずはない。加藤氏が自著で明らかにした事実を、筆者が改めて確認したところによれば、すでに2012年1月の段階で、損害保険料率算出機構の鈴木雅己専務理事は、金融庁の「自動車損害賠償責任保険審議会(自陪審)」の席上、次のように述べていた。

 08年度までは傷害の事故率が緩やかな減少傾向にあったのに、09年度以降は増加に転じた理由として、
「警察統計における交通事故負傷者数は一貫して減少が続いているのに対しまして、その交通事故負傷者には反映されない、いわゆる物損事故扱いとして処理された事故において生じていた傷害に対する自賠責の支払いが近年増加傾向となっておりまして、全体の3割弱を占める水準になっております」(議事録より)。まさに本稿が検討している問題そのものだ。

 さらに同年8月には、国土交通省の「今後の自動車損害賠償保障制度のあり方に係る懇談会」で、実態を認識しているらしい委員による「交通事故が起きたら医師に診断書を書いてもらうようにしてほしい」旨の要請に、国交省自動車局の保障制度参事官室長が「関係機関ともご相談してまいりたい」と応じていた。「ご相談」とやらが実行されたのかどうかは不明だ。

 いずれにしても、人身事故であるにもかかわらず、警察に医師の診断書が提出されず、物損事故として扱われるケースが留まるところを知らずにい続けている現状は、改められる気配すらない。

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筆者

斎藤貴男

斎藤貴男(さいとう・たかお) ジャーナリスト

1958年、東京生まれ。新聞・雑誌記者をへてフリージャーナリスト。著書に『決定版 消費税のカラクリ』(ちくま文庫)、『ちゃんとわかる消費税』(河出文庫)、『戦争経済大国』(河出書房新社)、『日本が壊れていく――幼稚な政治、ウソまみれの国』(ちくま新書)、『「東京電力」研究──排除の系譜』(角川文庫、第3回「いける本大賞」受賞)、『戦争のできる国へ──安倍政権の正体』(朝日新書)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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