ロビイ活動、多国籍企業、テロ活動への規制と人権保護
2021年05月03日
2021年3月17日付の「日本経済新聞電子版」は「日本の接待規制、国際標準に遅れ 米欧は透明化徹底」という興味深い記事を配信している。この記事が指摘するように、日本政府のこれまでの反腐敗のための対応は後手後手にすぎず、世界の潮流から周回遅れの状況にある。ここでは、何が問題なのかを筆者の腐敗三部作(『民意と政治の断絶ななぜ起きた:官僚支配の民主主義』[ポプラ社]、『なぜ「官僚」は腐敗するのか』[潮出版社]、『官僚の世界史:腐敗の構造』[社会評論社])を参考にしながら、論じてみたい。
腐敗を歴史的に概観すると、贈与と返礼という交換様式が賄賂の受け渡しに潜んでいることがわかる(詳しくは『官僚の世界史』を参照)。贈与と返礼である以上、この行為自体を「悪」とみなす視線はそう簡単には育たなかった。ゆえに、贈与と返礼の対象物を「賄賂」と名づけるようになるまでにも多くの時間を要した。将軍や裁判官のような上位者が賄賂を受け取ることを「悪」とみなし、収賄の罪に問うという視角は多くの国で比較的早い時期に生まれるが、賄賂を贈る側も罰するようになるのはそう簡単ではなかった。権力者である上位者が賄賂を強制するというやり方があったからである。
近代化によって、主権国家が生まれると、その主権国家を支える官僚や政治家の規律強化という視線が生まれ、それが公務員や政治家への収賄を厳しく罰する法制化につながった。同時に、賄賂を渡す贈賄側にも厳しい視線が注がれるようになる。権力者による賄賂の強制があった場合には、それを訴えればいいとの見方が育ってきたからだ。
ここで唐突だが、人類が「悪」に立ち向かうために、それなりに努力してきたことを確認しておきたい。その典型が奴隷貿易の禁止であろう。まず世界の覇権国になりつつあった英国議会は1807年、奴隷貿易の廃止を決めた。1833年に帝国内での奴隷制が廃止された。米国の奴隷制廃止は1865年だ。フランスはフランス革命後の1794年に一度、奴隷制を廃止したものの、ナポレオン・ボナパルトはこれを復活した。だが、1848年の2月革命により再び廃止された。インドの奴隷制廃止は1843年、ブラジルでは1888年、中国では1906年である。
こうした世界各国での奴隷制廃止の広がりを背景に、1926年9月、奴隷条約がジュネーブで締結にされるに至る。奴隷制と奴隷貿易の廃止が決められたのだ。その後、1956年になって「奴隷制、奴隷取引および奴隷制に類似した制度および刊行の補足条約」が採択され、1957年4月に発効した。
奴隷制・奴隷貿易の廃止の歴史的変遷を顧みると、腐敗防止の実現にも相当長い年月がかかることが想像される。奴隷制や奴隷貿易が現在、消滅したわけではないが、その規模は大きく減少した(ただし、筆者の関心事で言えば、ソ連崩壊後、ソ連や東欧から多数の「性的奴隷」が欧米に送り込まれたという出来事があった)。同じように、腐敗も世界全体でもっと減らすことができないかという挑戦がすでに数十年にわたってつづいている。この流れは世界の覇権を握った米国によってつくり出されたものである以上、まず、米国の事情について知らなければならない。
反腐敗への経路をたどると、四つの経路がある(2021年に発足したバイデン政権によってもう一つ別の経路が生まれているが、それについては近く公表する別の論考で詳しく論じる予定だ)。
一つは、反ナチスからはじまるロビイスト規制の流れである。1938年にロビイング活動に資金を提供する資金源を開示するための法律、外国工作員登録法(Foreign Agents Registration Act, FARA)が制定される。これはナチスによる宣伝を防止するねらいがあった。この法律は国内のロビイスト、すなわち特定の政策実現のための仲介者がナチスの工作員となることを抑止するために外国工作員の情報開示を求めるものであったのだ。
このFARAの情報開示による法的効果の発揮という特徴が第二次世界大戦後、1946年の連邦ロビイング規制法(Federal Regulation of Lobbying Act, FRLA)の制定につながっている。
また、当初のFARAでは、外国の政治宣伝活動の登録と開示だけを求めおり、政治献金については規制がなかったが、1962年から翌年にかけて、連邦の公職の候補者に対するフィリピンの製糖製造業者とニカラグアのアナスタシオ・ソモサ大統領による寄付が暴露されたことから、1966年にFARAが改正され、外国の政府、政党、会社、または個人が連邦選挙に寄付することを禁止する。1976年の修正連邦選挙運動法により、FARAの寄付禁止規定が修正法で拡大・継承された。
その後、州選挙や地方選挙に関する資金や政党自体に関する資金など、いわゆる規制対象外の「ソフトマネー」が問題になった。そこで2002年制定の超党派選挙運動改革法による法改正で、ソフトマネーも規制対象となり、外国人による寄付が禁止されたのである(合衆国法典第2編第441条e)。こうして、選挙資金の規制強化という道筋での反腐敗政策が枝分かれしてゆくのである。
他方で、FRLAをより強化する動きも
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください