山口 昌子(やまぐち しょうこ) 在仏ジャーナリスト
元新聞社パリ支局長。1994年度のボーン上田記念国際記者賞受賞。著書に『大統領府から読むフランス300年史』『パリの福澤諭吉』『ココ・シャネルの真実』『ドゴールのいるフランス』『フランス人の不思議な頭の中』『原発大国フランスからの警告』『フランス流テロとの戦い方』など。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
人種問題にくわえ、宗教や文化摩擦などが絡んで問題の根は深く
アメリカでは、黒人のジョージ・フロイドさんを死に至らせて殺人罪に問われた白人の元警官が有罪になる「歴史的評決」(バイデン米大統領)が4月20日に出されたが、その直後、フランスでは白人の女性警官がイスラム過激派のチュニジア人によって殺害される事件が起きた。近年、警官がアラブ系やアフリカ系のテロリストの被害者になる事件が相次ぐフランス。人種にくわえ、宗教や文化摩擦などが複雑に絡んでおり、問題の解決は容易ではない。
パリ近郊ランブイエの警察署で二人の娘の母である女性警官(49)が、喉を切られて殺害されたのは4月23日午後2時過ぎ。昼休みから戻ってきたところを背後から襲われた。
容疑者のチュニジア人(37)は、駆け付けた警官にその場で射殺された。フランスには2009年から不法滞在していたが、19年に滞在許可証が発行され、配達人として働いていた。襲撃時に「アラー、アクバル(アラーの神は偉大だ)!」と叫んでおり、イスラム過激派とみられるが、警察の「要注意リスト」には記載されておらず、なぜテロに走ったか、経緯を捜査中だ。
4月18日には、2016年にパリ郊外でデモ対応のパトカーに火炎瓶(複数)を投げ込み、車内の警官2人(うち女性1人)に瀕死の重傷を負わせた未成年を含む若者たちへの控訴審の判決が出た。5人が6~18年の有罪判決で、8人が「証拠不十分」で無罪。1審では8人が10~20年の有罪、5人が無罪だったので、メディアでは「温情判決」との批判が相次いだ。
デモを取材していたテレビ局などが撮影した映像には、彼らが待機中のパトカーを取り囲んでボンネットや窓ガラスを鉄棒で叩き割り、火炎瓶を投げ込み、警官2人が火だるまになるシーンが記録されていた。重傷を負った女性警官の夫は、「明らかに殺害が目的の行為だ。こんな裁判なら、やらない方がましだ!」と叫んだ。容疑者のほとんどはパリ郊外などに住む移民の2、3世。全員が覆面に黒装束姿で身元を隠しており、計画的犯行であることは明白だ。
4月20日には、17年の同じ日にシャンゼリゼ大通りで勤務中にテロの犠牲になった警官(37)を追悼する碑の除幕式が、ダルマナン内相らも出席して行われた。停車中の警察車をカラシニコフで銃撃し、警官2人も同時に負傷させたアラブ系フランス人(38)のテロリストは犯行直後、警官隊に射殺されたが、イスラム過激派組織「イスラム国」(IS)系の影響下にあったことが判明した。
昨秋から始まった、2015年に起きた「シャリ―・エブド襲撃テロ事件」の公判では、女性警官が「制服を着るのが怖い」と証言した。彼女は、襲撃の第一報で現場に駆けつけ、テロリスト兄弟に射殺された警官の同僚だ。
負傷して倒れた警官にとどめの一発を放ったテロリスト兄弟はアルジェリァ系の移民だが、警官も兄弟と同様に肌の浅黒いアラブ系だった。この事件では「シャリ―・エブド」の編集長の護衛に当たっていた警官も犠牲になった。