山口 昌子(やまぐち しょうこ) 在仏ジャーナリスト
元新聞社パリ支局長。1994年度のボーン上田記念国際記者賞受賞。著書に『大統領府から読むフランス300年史』『パリの福澤諭吉』『ココ・シャネルの真実』『ドゴールのいるフランス』『フランス人の不思議な頭の中』『原発大国フランスからの警告』『フランス流テロとの戦い方』など。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
人種問題にくわえ、宗教や文化摩擦などが絡んで問題の根は深く
16年には、警察勤務の夫婦がパリ郊外の自宅で刺殺された。犯人は警官隊に射殺されたが、夫婦と犯人との接点がなく、当初は殺害の動機が不明だった。後に、「IS」にリモートコントロールされた犯人が、「警察勤務」との理由だけで、それまで一面識もない夫婦を刺殺したことが判明した。
19年にはパリ警視庁内で、「IS予備軍」の警官がナイフで4人の同僚を刺殺した末に、現場で射殺されるという事件も発生した。当時のカスタネ―ル内相は直後の内閣改造で再任されず、監督不行き届きで事実上、更迭された。
警官の犠牲者はこの数年、増えている。19年に当局よって射殺などされた犯罪者の死者26人に対し、犯罪者に殺害された警官や憲兵隊員は25人=パトカーで追跡中の自損事故も含む(国立犯罪監視所〈ONDRP〉調べ)と、ほぼ同数だ。自殺者も59人(同)にのぼる。警察勤務の過酷さや警察に対する憎悪や無理解を苦にしているケースが多い。
その一方で、容疑者が逃走・逮捕時などに死亡したケースは43年間(1977~2019年)に676人(容疑者の人種などは不明)だ(ネット新聞bastaの19年の調査結果)。57%が射殺された時、武器を所有しておらず、「警官の自己防衛」には当たらなかったことが判明。「警官の暴力、横暴」が批判されるゆえんでもある。
アメリカのフロイドさんの事件の後、フランスでは「公務」なのか「殺害」なのかが問われたケースがふたつあった。ひとつは昨春、パリ近郊で発生した「アダマ・トラオレ事件」だ。
強奪事件で手配中の前科もある黒人男性バグ・トラオレを追っていた4人の憲兵隊員が、駐車中の車内に該当者を発見。「身元確認」のため、身分証明書の提示を求めたところ、車外にいた黒人男性が突如、逃走したので、追走して逮捕。この時、黒人男性が激しく抵抗したため、馬乗りになって手錠をかけたところ、意識不明になった。救急隊が駆けつけて心臓マッサージなどをしたが、2時間後に死亡が確認された。
死亡した黒人が、バグの弟で刑務所から出所したばかりのアダマ(24)だ。死因は「長い急激な走行によって引き起こされた心臓麻痺」と発表された。この逮捕シーンはフロイド事件同様、通行人の携帯や周辺の監視カメラで撮影されており、遺族や黒人仲間らは「警察による逮捕時の暴力死」を主張。「警官の警官」と呼ばれ、警官や憲兵隊員を捜査する国家憲兵隊総合監視室(IGPN)が捜査を開始し、憲兵隊員には「落ち度はない」という結論をくだした。
遺族らが納得せずにいたところに発生したのが、フロイドさんの事件だ。遺族らは「黒人だから差別された」と主張。遺族を先頭に、黒人ら約2700人が抗議のデモを展開した。大半のメディアは抗議を支援し、アダマは一躍、「人種差別の犠牲者」となった。遺族の弁護士も再捜査を主張し、予審判事も事件の再捜査を承認した。
一家は一夫多妻制度の伝統がある旧仏領アフリカ・マリからの移民だ。父親は4人の妻を持ち、17人の子供がいる。仏国籍法は「フランスで生まれた者はフランス人」の生地主義なので、子供は全員フランス人だ。一家の大半は無職だが、失業手当や家族手当など「福祉国家フランス」の種々の手当の恩恵を受けて暮らしているとか。
もうひとつのケースは、パリ郊外在住の配達人、セドリック・シュウヴィア(42)の事件だ。
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