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警官が被害者になる事件が相次ぐフランス。解決が簡単ではない複雑な事情

人種問題にくわえ、宗教や文化摩擦などが絡んで問題の根は深く

山口 昌子 在仏ジャーナリスト

 アメリカでは、黒人のジョージ・フロイドさんを死に至らせて殺人罪に問われた白人の元警官が有罪になる「歴史的評決」(バイデン米大統領)が4月20日に出されたが、その直後、フランスでは白人の女性警官がイスラム過激派のチュニジア人によって殺害される事件が起きた。近年、警官がアラブ系やアフリカ系のテロリストの被害者になる事件が相次ぐフランス。人種にくわえ、宗教や文化摩擦などが複雑に絡んでおり、問題の解決は容易ではない。

白人の元警官有罪の評決を受け、ホワイトハウス近くでジョージ・フロイドさんの名を記したボードを掲げる人=2021年4月20日、米ワシントン、ランハム裕子撮影

喉を切られて殺害された女性警官

 パリ近郊ランブイエの警察署で二人の娘の母である女性警官(49)が、喉を切られて殺害されたのは4月23日午後2時過ぎ。昼休みから戻ってきたところを背後から襲われた。

 容疑者のチュニジア人(37)は、駆け付けた警官にその場で射殺された。フランスには2009年から不法滞在していたが、19年に滞在許可証が発行され、配達人として働いていた。襲撃時に「アラー、アクバル(アラーの神は偉大だ)!」と叫んでおり、イスラム過激派とみられるが、警察の「要注意リスト」には記載されておらず、なぜテロに走ったか、経緯を捜査中だ。

 4月18日には、2016年にパリ郊外でデモ対応のパトカーに火炎瓶(複数)を投げ込み、車内の警官2人(うち女性1人)に瀕死の重傷を負わせた未成年を含む若者たちへの控訴審の判決が出た。5人が6~18年の有罪判決で、8人が「証拠不十分」で無罪。1審では8人が10~20年の有罪、5人が無罪だったので、メディアでは「温情判決」との批判が相次いだ。

 デモを取材していたテレビ局などが撮影した映像には、彼らが待機中のパトカーを取り囲んでボンネットや窓ガラスを鉄棒で叩き割り、火炎瓶を投げ込み、警官2人が火だるまになるシーンが記録されていた。重傷を負った女性警官の夫は、「明らかに殺害が目的の行為だ。こんな裁判なら、やらない方がましだ!」と叫んだ。容疑者のほとんどはパリ郊外などに住む移民の2、3世。全員が覆面に黒装束姿で身元を隠しており、計画的犯行であることは明白だ。

テロの犠牲になった警官を追悼する碑も

シャンゼリゼ大通りのテロの犠牲になった警官ザヴィエ-ジュジェレの追悼碑=2021年4月23日,山口昌子撮影
 4月20日には、17年の同じ日にシャンゼリゼ大通りで勤務中にテロの犠牲になった警官(37)を追悼する碑の除幕式が、ダルマナン内相らも出席して行われた。停車中の警察車をカラシニコフで銃撃し、警官2人も同時に負傷させたアラブ系フランス人(38)のテロリストは犯行直後、警官隊に射殺されたが、イスラム過激派組織「イスラム国」(IS)系の影響下にあったことが判明した。

 昨秋から始まった、2015年に起きた「シャリ―・エブド襲撃テロ事件」の公判では、女性警官が「制服を着るのが怖い」と証言した。彼女は、襲撃の第一報で現場に駆けつけ、テロリスト兄弟に射殺された警官の同僚だ。

 負傷して倒れた警官にとどめの一発を放ったテロリスト兄弟はアルジェリァ系の移民だが、警官も兄弟と同様に肌の浅黒いアラブ系だった。この事件では「シャリ―・エブド」の編集長の護衛に当たっていた警官も犠牲になった。

「警察勤務」という理由だけで刺殺

 16年には、警察勤務の夫婦がパリ郊外の自宅で刺殺された。犯人は警官隊に射殺されたが、夫婦と犯人との接点がなく、当初は殺害の動機が不明だった。後に、「IS」にリモートコントロールされた犯人が、「警察勤務」との理由だけで、それまで一面識もない夫婦を刺殺したことが判明した。

 19年にはパリ警視庁内で、「IS予備軍」の警官がナイフで4人の同僚を刺殺した末に、現場で射殺されるという事件も発生した。当時のカスタネ―ル内相は直後の内閣改造で再任されず、監督不行き届きで事実上、更迭された。

 警官の犠牲者はこの数年、増えている。19年に当局よって射殺などされた犯罪者の死者26人に対し、犯罪者に殺害された警官や憲兵隊員は25人=パトカーで追跡中の自損事故も含む(国立犯罪監視所〈ONDRP〉調べ)と、ほぼ同数だ。自殺者も59人(同)にのぼる。警察勤務の過酷さや警察に対する憎悪や無理解を苦にしているケースが多い。

「アダマ・トラオレ事件」に抗議のデモ

 その一方で、容疑者が逃走・逮捕時などに死亡したケースは43年間(1977~2019年)に676人(容疑者の人種などは不明)だ(ネット新聞bastaの19年の調査結果)。57%が射殺された時、武器を所有しておらず、「警官の自己防衛」には当たらなかったことが判明。「警官の暴力、横暴」が批判されるゆえんでもある。

 アメリカのフロイドさんの事件の後、フランスでは「公務」なのか「殺害」なのかが問われたケースがふたつあった。ひとつは昨春、パリ近郊で発生した「アダマ・トラオレ事件」だ。

 強奪事件で手配中の前科もある黒人男性バグ・トラオレを追っていた4人の憲兵隊員が、駐車中の車内に該当者を発見。「身元確認」のため、身分証明書の提示を求めたところ、車外にいた黒人男性が突如、逃走したので、追走して逮捕。この時、黒人男性が激しく抵抗したため、馬乗りになって手錠をかけたところ、意識不明になった。救急隊が駆けつけて心臓マッサージなどをしたが、2時間後に死亡が確認された。

 死亡した黒人が、バグの弟で刑務所から出所したばかりのアダマ(24)だ。死因は「長い急激な走行によって引き起こされた心臓麻痺」と発表された。この逮捕シーンはフロイド事件同様、通行人の携帯や周辺の監視カメラで撮影されており、遺族や黒人仲間らは「警察による逮捕時の暴力死」を主張。「警官の警官」と呼ばれ、警官や憲兵隊員を捜査する国家憲兵隊総合監視室(IGPN)が捜査を開始し、憲兵隊員には「落ち度はない」という結論をくだした。

 遺族らが納得せずにいたところに発生したのが、フロイドさんの事件だ。遺族らは「黒人だから差別された」と主張。遺族を先頭に、黒人ら約2700人が抗議のデモを展開した。大半のメディアは抗議を支援し、アダマは一躍、「人種差別の犠牲者」となった。遺族の弁護士も再捜査を主張し、予審判事も事件の再捜査を承認した。

アダマ・トラオラ事件とフロイド事件に抗議してデモをするパリの人たち (2020年6月2日)Javier Pina/shutterstock.com

 一家は一夫多妻制度の伝統がある旧仏領アフリカ・マリからの移民だ。父親は4人の妻を持ち、17人の子供がいる。仏国籍法は「フランスで生まれた者はフランス人」の生地主義なので、子供は全員フランス人だ。一家の大半は無職だが、失業手当や家族手当など「福祉国家フランス」の種々の手当の恩恵を受けて暮らしているとか。

逮捕後に死去したモロッコ系移民

 もうひとつのケースは、パリ郊外在住の配達人、セドリック・シュウヴィア(42)の事件だ。

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