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タリバンはなぜ復活したのか?~米軍撤退に揺れるアフガニスタン① 

ボン和平会議から20年。民主主義は根付かず、イスラム過激主義が復活

川端清隆 福岡女学院大学特命教授(元アフガン和平担当国連政務官)

拡大米国とアフガニスタンの国旗 Leo Altman/shutterstock.com

 米国のバイデン大統領は4月12日に、アフガニスタンに駐留する米軍を対米同時多発テロから20年となる本年9月11日までに完全撤退させると発表した。発表によると、米新政権は5月より無条件で、同国に留まる2500人の米兵を順次撤退させるという。

 米軍の一方的な撤退に対する、米国内や国際社会の懸念は根強い。

米国の都合による見切り発車

 バイデン大統領は、米国が9・11テロの主犯である ウサマ・ビンラーディンを殺害してアルカイダを弱体化させたと指摘したうえで、「我々はアフガニスタンに侵攻した目的を達成している」と強弁し、自らの決断を正当化した。しかし大統領は一方で、「理想的な撤収条件を作り出すために駐留を継続することはできない」との本音をもらした。撤退の理由が、出口の見えない「米国史上最長の戦争」に幕を引くという、自国の都合による見切り発車であることを示唆したのである。

 米国の諜報機関はバイデン政権に、アフガン政府とタリバンとの間の政治的和解の前に米軍が撤収してしまうと、「2~3年以内にアフガニスタンはタリバンに支配されるかもしれない」との懸念を伝えたと言う (“Officials try to sway Biden using intelligence on potential for Taliban takeover of Afghanistan”, the New York Times, 26 March 2021.)。

 イスラム原理主義を掲げるタリバン政権の復活は、20年にわたって日本をはじめとする国際社会が支えてきたボン和平合意の崩壊につながり、同国で芽生え始めた民主主義や女性の人権の後退を招きかねない。さらには、タリバン庇護下で9・11テロを引き起こしたアルカイダや、一時期イラクやシリアで猛威を振るった「イスラム国(IS)」が息を吹き返して、アフガニスタンを国際テロの巣窟に逆戻りさせるかもしれない。

 大きな転換点を迎えたアフガン情勢であるが、本論考では国連が主導した和平活動の裏舞台を振り返り、なぜ国際社会が総力を注いだアフガン復興が迷走したのかを検証する。とりわけ、アフガン国民が待ち望んだ民主主義が根付かず、タリバンが掲げるイスラム過激主義の復活に道を開いた原因を詳らかにしたい。検証にあたっては、ボン和平会議に国連代表団の一員として参加するなど、著者の7年余りにわたるアフガン紛争担当の国連政務官としての経験を最大限に活用したい。

拡大米軍のアフガニスタンからの撤退について語るバイデン米大統領(2021年4月14日)RedhoodStudios/shutterstock.com

「アフガン復興」を軽んじた米国

二つの戦争が同時に進行

 米国がアフガニスタンで犯した最大の失敗は、アルカイダやタリバンのせん滅を目的とする対テロ戦争にこだわるあまり、アフガン新政権の独り立ちを目的とする復興支援を軽んじたことである。結果として、国際社会は長年の紛争で疲弊した同国の復興、すなわち国家再建(nation-building)を達成できず、新政権は国内の治安を自らの力で維持できないまま今日に至った。

 9・11テロ後のアフガニスタンでは、二つの戦争が同時に進行していた。米軍主導の対テロ戦争である「不朽の自由作戦(Operation Enduring Freedom-Afghanistan, OEF-A)」と、アフガン新政権を支えるための多国籍軍である「国際治安支援部隊(International Security Assistance Force, ISAF)」による戦闘である(注1)。

注1:米国の「不朽の自由作戦」の法的根拠となったのは、国連安保理が9・11テロ直後の2001年9月12日に全会一致で採択した、米国など国連加盟国による個別的・集団的自衛権の行使を認める決議S/RES/1368(2001)である。一方、アフガン新政権を支援するISAFの創設は、安保理がボン和平合意の締結を受けて同年12月20日に採択した決議S/RES/1386(2001)による。

 国連は9・11テロの直後から、タリバン政権崩壊後に民主的な新政権を樹立させるために、当時のブッシュ米政権と密接に協力していた。新アフガン政府樹立に当たって特に国連が重要視したのは、発足直後のひ弱なアフガン新政権を支えるISAFへの、米軍による全面的協力であった。国連は2001年末にブッシュ政権に対して、
1.NATO諸国の軍によって構成されるISAFの地方都市への展開の支援、
2.地方都市に展開したISAFが攻撃を受けた場合の米軍による航空支援、
などを要請し、米国はこれを受け入れた(注2)。

注2:国連内ではブッシュ政権の協力を担保するために、「ISAFへの米軍の協力義務を安保理決議に明記すべし」との提案もあったが、最終的に却下された。

ブッシュ政権の「背信」

 ところが、アフガン新政権が動き始めた翌2002年2月になって、ブッシュ政権はISAF支援の方針を突然覆した。米国との二人三脚でアフガン和平にまい進した国連であったが、ブッシュ政権の「背信」により、二階に上がったまま梯子を外されることになった。

 方針転換の背景には、対テロ戦争にはやるブッシュ政権の関心が、翌年に迫ったイラク戦争に移ったことが窺える。米国の不協力により、ボン和平合意の「重し」となるはずのISAFの展開は首都カブールに限定され、地方都市はタリバンの残党やムジャヒディンなどの旧勢力の脅威に晒(さら)され続けることになった。ISAFの全国展開の失敗により、アフガン新政権はタリバンの影響が残る同国の東部や南部で、徴税や選挙など国家としての最低限の機能を果たすことができず、今日の不安定な政権運営の原因となった。

 米国の失敗は、ISAFへの不協力に止まらない。ブッシュ政権は不用意に対テロ戦争をイラクにまで拡大したため、世界のイスラム教徒の間でアフガン戦争の目的が「タリバンからの解放」や「民主化」ではなく、「イスラム教国への不当な侵略」であるとの誤解を生んでしまった。その結果、タリバン支持者など一部のアフガン国民の間では、国連の復興活動さえも反イスラム的な欧米の価値観の押し付けと見なされるようになった。

 治安維持のもう一つの柱は、NATO諸国によるアフガン国軍や警察の再編成と訓練であった。しかし、全国的な治安維持がなされず、部族の違いを超えた民主主義が未発達の状態の中で行われた治安機構の再編は、国際社会の膨大な財的・人的支援にもかかわらず迷走を極めた。現在に至っても、アフガン国軍の士気は低く、戦意旺盛なタリバンの攻勢を単独で防げずにいる。

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筆者

川端清隆

川端清隆(かわばた・きよたか) 福岡女学院大学特命教授(元アフガン和平担当国連政務官)

大阪府出身。通信社を経て1988年より25年にわたり国連本部政治局で政務官として勤務。アフガン和平交渉やイラク戦争の戦後処理に関わった後、2004年以降は安保理担当として第二次核危機以降の北朝鮮の核ミサイル問題に関する審議に関わる。2013年より現職。著書に「アフガニスタン 国連和平活動と地域紛争」(みすず書房)や「イラク危機はなぜ防げなかったのか 国連外交の六百日」(岩波書店)。共著に「PKO新時代 安保理からの証言」(岩波書店)。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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