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米軍撤退に揺れるアフガニスタン タリバンはなぜ復活したのか?

ボン和平会議から20年。民主主義は根付かず、イスラム過激主義が復活

川端清隆 福岡女学院大学特命教授(元アフガン和平担当国連政務官)

「タリバン支持層」を取り込めなかった国連

拡大ボン和平合意締結後の参加者の記念撮影。前列右から4人目がブラヒミ国連特使。ブラヒミの左横はドイツのシュレーダー首相。後列左らか3人目が著者=筆者提供。

 タリバン後の新政権の樹立を急ぐ国連は2001年11月末から、ドイツのボンで和平会議を緊急招集した。しかし、急ごしらえのボン和平会議では、民主的な憲法の制定や総選挙への道筋に合意できたものの、タリバン支持層であるパシュトゥン多数派部族を取り込むことができず、和平の行方に禍根を残すことになった。

 ボン和平会議の目的は、アフガン内外から当事者を和平会議に招待して、タリバン後の新政権樹立に向けた道筋を話し合うことであった。会議はボン近郊に位置する山頂のホテルを借り切って、上空の飛行が禁止されるなど厳重な警戒の下に、8日間にわたり缶詰め状態で行われた。和平交渉は、国連とアフガン当事者や関係国との間で非公式に執り行われたが、その詳細はこれまであまり知られていない。

アフガン当事者の選考に悩んだ国連

 和平会議を急いだ理由は、

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筆者

川端清隆

川端清隆(かわばた・きよたか) 福岡女学院大学特命教授(元アフガン和平担当国連政務官)

大阪府出身。通信社を経て1988年より25年にわたり国連本部政治局で政務官として勤務。アフガン和平交渉やイラク戦争の戦後処理に関わった後、2004年以降は安保理担当として第二次核危機以降の北朝鮮の核ミサイル問題に関する審議に関わる。2013年より現職。著書に「アフガニスタン 国連和平活動と地域紛争」(みすず書房)や「イラク危機はなぜ防げなかったのか 国連外交の六百日」(岩波書店)。共著に「PKO新時代 安保理からの証言」(岩波書店)。

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