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自滅に向かう政治主導と「内政の司令塔」不在が招いたコロナ対策の破綻

抑えの効いた「官邸主導」と内政での「官僚主導」の再生が急務

牧原出 東京大学先端科学技術研究センター教授(政治学・行政学)

内政の司令塔がない日本の統治機構

 政権の劣化を表面化させたのは、新型コロナ対応の失敗である。安倍政権はここまで、これほどの内政面での危機に直面してこなかった。幸運という面もあるが、裏を返せば、経済と外交という内政以外の政策分野では、意識して司令塔を構築していたから、危機を乗り越えることができたとも言える。

 ところで、内政とはいかなる政策分野であろうか。防災、インフラ整備、社会保障などがあるが、新型コロナを例に取ると、感染症対策、医療政策、薬事行政、自治体との調整など国内の多くの分野にまたがった対応が必要である。

 感染が世界的に広がった昨春は、1年もたてば終息し「アフターコロナ」に向かうという期待も広がっていたが、今や多種多様な変異ウイルスの出現で長期化は避けられなくなってきた。刻々と変わる世界の感染状況を総合的に分析し、日本の強みや弱点を勘案して国民の生命を守るには、内政分野を隅々まで熟知し、各省の能動的な協力を促すとともに、政党に流れ込むもろもろの要求も斟酌しながら、臨機応変に方針を打ち出し、実行していく必要がある。

 しかしながら、日本の統治機構は、こうした内政分野における司令塔を今まで作ってこなかった。これは1990年代以降、日本で進められた諸改革の最大の盲点であった。

省庁再編の目標だった経済・外交の司令塔

 実は、経済と外交の司令塔をつくることこそが、2001年以降の省庁再編の目標であった。

 経済の司令塔は2001年の省庁再編で設置された経済財政諮問会議である。これを財政政策とマクロ経済政策とを総合的に議論する司令塔に仕立て上げたのが、小泉政権の竹中平蔵・経済財政担当相であった。

拡大経済財政諮問会議に出席した小泉純一郎首相。右は竹中平蔵経済財政担当相、左は福田康夫官房長官と塩川正十郎財務相=2002年4月16日、首相官邸

 ところが、民主党政権はこの経済財政諮問会議を休眠状態にして、経済の司令塔を失った。それを見ていた第2次以降の安倍政権は、甘利明・経済財政担当相が経済財政諮問会議と日本再生本部・産業競争力会議のふたつの司令塔を両輪として経済政策を推進した。そこに、今井尚哉・首相秘書官を介して小泉政権以上に経済産業省が入り込むことで、マクロ経済政策とミクロの産業技術のイノベーションが図られたのである。

 外交では、2015年に設置された国家安全保障会議とその事務局である国家安全保障局が司令塔となった。ここでは安倍首相自身が直接関与し、元外務事務次官の谷内正太郎が事務全般を仕切った。首相の強い関心のもと、防衛省とも信頼関係を保った外務省本流の官僚が事務方として差配することで、政と官とがバランスを取った政策が展開された。安倍政権最大の政治遺産は、やはりここにあるというべきであろう。

司令塔が不可欠なコロナ対策だが……

 これに対し、内政はどうだったか。安倍政権はこの分野では、虫食い的な政策に終始した。地方創生、一億総活躍、働き方改革、全世代型社会保障改革がそれである。今井秘書官ら官邸官僚がイニシアチブをとって各省を叱咤し、形ばかりの政策が作られ、実施された。司令塔らしき「本部」が内閣官房ないしは内閣府に置かれたが、強力な調整力を持つ官僚が仕切るわけでもなく、政策の検証も曖昧なまま、多くの政策がだらだらと現在まで続いているにすぎない。

 本来、内政を仕切るのは内閣官房長官であり、官房長官の下で調整を果たすべきは事務の官房副長官である。だが、官房副長官には元来、各省のイニシアチブを事後的・受動的に調停する役割が期待されていたにすぎない。内政分野は、そもそも雑多であり、案件に応じた調整も多様である。

 世界で11位の1億2000万人もの人口を抱えながら、連邦制を取らず、高い教育水準の国民を対象にした政策の責任を中央政府が一手に担うのは、異例中の異例である。日本の中央政府にかかる政策面での負荷はきわめて高い。そこで、日本では各省に政策を委ね、問題が生じれば、官房副長官が後追いで調整することで対応しえたのである。

 だが、これでは新型コロナには無力である。ワクチンの接種と感染拡大の押さえ込みを同時に進めるには、感染症対策、医師会対策、地方自治体対応など多様な局面において、微妙かつ精密な判断をとりながら幾重にも交渉を重ねる司令塔が不可欠である。今の官邸の態勢では、多数の都道府県がからみ、日々刻々と変化する状況に対応しつつ、東京オリンピック開催の可否を合理的に判断するなどできるはずがない。

 西村康稔・経済再生担当相、田村憲久・厚労相がすべてを掌握するのは無理だし、かといって官房長官・官房副長官による対応では不足であろう。機能していない官房長官を交代すれば好転するといった問題では、もはやない。

拡大首相官邸  slyellow/shutterstock.com

有能な官僚の排斥が招いた行政の劣化

 くわえて、はき違えた政治主導とも言える内閣人事局による官邸の各省幹部人事が事態を深刻にしている。菅首相は「政策に反対する官僚の更迭は当然」と国会で答弁している。これは一見当然に見える。だが、政策能力のある橋本龍太郎首相や、政治の直感にすぐれた小泉純一郎首相なら決してそうは言わないであろう。官の側も政治の意向の汲むであろうし、政治の側も官の反対の意図を了解する関係が成立しているからである。

 橋本も小泉も、官僚がなぜ「政策に反対する」のかを理解できる経験と知力・胆力があった。菅首相の発言は、官の反対の意味が分からないという能力不足を示しているに過ぎないのである。

 日本にとって不幸なことに、2009年の政権交代後、どの首相も、橋本、小泉の二人に匹敵する能力をもっていなかった。民主党政権は官僚を排除して自滅し、安倍政権では首相の限界を補うはずの官邸官僚が、正論を言う有能な各省官僚を排斥し、官邸の意に沿う官僚ばかりを登用し、長期にわたる行政の劣化を招いた。

 それでも、経済と外交の分野は司令塔が明確で政と官の調整が可能だったので、劣化はある程度食い止められた。だが、司令塔のない内政分野では、官邸官僚による断片的・恣意的な政策形成と、異を唱える官僚の排除によって、能動的な政策形成の芽が摘まれ続けた。安倍政権の7年8カ月で内政の司令塔にふさわしい人材が育たなかった。新型コロナの衝撃に対して、政府がなすすべもなく、時間を浪費するのは当然である。

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筆者

牧原出

牧原出(まきはら・いづる) 東京大学先端科学技術研究センター教授(政治学・行政学)

1967年生まれ。東京大学法学部卒。博士(学術)。東京大学法学部助手、東北大学法学部教授、同大学院法学研究科教授を経て2013年4月から現職。主な著書に『内閣政治と「大蔵省支配」』(中央公論新社)、『権力移行』(NHK出版)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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