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野党はSNSの「成功体験」を捨て去りましょう

必要なのは、ネットの泥沼から抜け出して人々の生の声を聞くこと

木下ちがや 政治学者

 「野党はSNSの成功体験を捨て去りましょう」これがこの論攷の提起であり、結論である。

 とはいえもちろん、野党にSNS自体を捨てろと言っているわけではない。いまやSNSは与野党問わず政治宣伝のための不可欠なツールである。じっさい、野党陣営のSNSには筆者が「野党系政治クラスタ」と名付ける緩やかな集団が存在しており、かれらが展開する冷静な政治解説やロジック、論戦は、野党陣営の情報発信の要になっている。とりわけ与党に比べて組織力、宣伝力、資金力に劣る野党にとって、SNSの重要性は今後も増していくわけだから、その重要性自体を否定したいわけではない。

 ここで問題にしたいのは、野党が一過性の「成功体験」に捕らわれることで、世論あるいは本来の支持者の要求や意見を錯誤してしまうリスクがあるからだ。SNSは両刃の刃であり、大量の「リツイート」や「いいね」が世論を反映しているとは限らない。それを「ウケる」と勘違いして、世論から乖離してしまう懸念がある。

 では野党のSNSの「成功体験」とは何か。少し長くなるが、新しい社会運動とSNSが台頭し、ネット選挙が解禁された10年ほど前から、野党とSNSのリンケージの過程を振り返ってみる。

拡大ネット空間の視聴者に向けて演説する候補者。書き込まれた様々な反応が表示された=2014年12月5日、東京・六本木の「ニコファーレ」、

SNSと社会運動のリンケージ

 2013年に公職選挙法が改正され、インターネット上の選挙活動が解禁された。この改正により、選挙期間中のインターネット上の政治宣伝活動はほぼ完全に自由化された。

 日本の公職選挙法は諸外国に比べ選挙期間中の政治宣伝活動に厳しい制約を課しており、配布するビラの枚数は決められ、戸別に有権者宅を訪問することも禁じられている。日本の選挙期間における政治宣伝活動は、現実世界では大幅に制約されているのに、ネット上ではほぼ自由という歪んだものとなっている。制約がほぼないネット空間を新たな政治宣伝活動のフロンティアとみなした諸政党は2013年以後ネット戦略を強化していくことになる。

 では、ネット選挙解禁と投票率の向上に有意な関係はあったのか。2016年参議院選挙の調査によると一定の有意性はみられ、ネット選挙の定着は確認されたものの「ネット選挙運動へのアクセスのしやすさよりも、選挙に対する有権者の関心がネット選挙普及の足かせになっていること」が確認されている(注1)

 日本の国政選挙は、安倍政権以後著しく投票率が低下している。2005年総選挙は68%、2009年の民主党政権交代選挙は69%であったのに対して、2012年総選挙は59%、2014年総選挙は53%、2017年総選挙は54%である。2012年総選挙で民主党が大敗北を喫し、以後自民党・公明党の絶対的優位がつづくもとで、2013年にネット選挙は解禁された。有権者の関心が低いことが足かせとなり、ネット選挙の広がりは制約されている。

 こうした政治状況下で与野党はそれぞれの手法でSNSを活用していく。2009年に創設された自民党ネットサポーターズ(J-NSC:2017年時点の会員1万9000人)はネット右翼と連動し、反リベラル、反野党キャンペーンを繰り広げてきた。自民党は政権と一体的にSNSを野党勢力の制圧のために活用してきた。日本維新の会は、ツイッター260万フォロワーを有する橋下徹を筆頭に、知名度のある吉村知事、松井市長、そして足立やすし議員らの個人のアカウントによる扇動にSNSを活用してきた。それに対して、このようなリソースをもたない野党陣営は、社会運動とリンケージしたSNSに依拠していった。

 SNSの急速な普及はちょうど3.11の東日本大震災の前後である。同時に東日本大震災と原発事故は、2011年度初頭、「アラブの春」においてSNSが活発に活用され注目を浴びた直後に起きた。3.11後に、久しく日本社会にはなかった大規模な脱原発、反レイシズム、反安保法制などの課題を掲げたデモンストレーションの登場は、日本社会におけるSNSの急速な普及と、SNSが社会運動において有力な効果をもつことが実感されたことと並行して展開した。安倍政権下で大幅に勢力をそがれた野党は、3.11以後台頭したこの社会運動への依存を強めていった。3.11以後の野党各党の勢力伸長は、この社会運動とSNSのリンケージと密接な関係があった。

(注1)小笠原盛浩「国政選挙におけるネット選挙運動の効果の比較調査研究」2017年『電気通信普及財団 研究助成調査報告書』、9頁。


筆者

木下ちがや

木下ちがや(きのした・ちがや) 政治学者

1971年徳島県生まれ。一橋大学社会学研究科博士課程単位取得退学。博士(社会学)。現在、工学院大学非常勤講師、明治学院大学国際平和研究所研究員。著書に『「社会を変えよう」といわれたら」(大月書店)、『ポピュリズムと「民意」の政治学』(大月書店)、『国家と治安』(青土社)、訳書にD.グレーバー『デモクラシー・プロジェクト』(航思社)、N.チョムスキー『チョムスキーの「アナキズム論」』(明石書店)ほか。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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