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国民投票法をめぐる17年(上) 改憲に反対だから法改正に反対する護憲派のおかしな論理

国民投票が有害かのような印象操作は慎むべきだ

今井 一 ジャーナリスト・[国民投票/住民投票]情報室事務局長

 この写真は、『「改憲の是非を問う国民投票」どんなルールで行うべきか』と題した公開討論会(2005年3月21日開催)の模様を撮影したものだ。

 パネリストは、いずれも衆議院憲法調査会(中山太郎会長)に属していた議員で、当時、民主党の憲法調査会長だった枝野幸男氏も登壇している。

 今、話題となっている「国民投票法」をめぐる立法府での具体的な動きは、この討論会の前年(2004年)から始まっており、すでに17年に及ぶ時を経ているということだ。

 私は当初より主権者・市民の側からその動きに深くかかわってきた。例えば、前述のような院外の市民のフィールドに国会議員を招いて行う公開討論会を度々開催したり、私自身が衆参の憲法調査特別委員会に参考人・公述人として5度赴き、諸外国の国民投票の実態やあるべきルールについて解説したりもした。

 また、2017年以降は、国民投票時の「テレビCM」のあり方に関する学習会やシンポジウムを議員会館などで頻繁に催し、市民グループ「国民投票のルール改善を考え求める会」を結成。日本民間放送連盟(民放連)に対して「テレビCM」に関する自主的なルール作りを行うよう強く求めた

「国民投票のルール改善を考え求める会」に出席した山尾志桜里、船田元、杉尾秀哉各議員(左より)=2018年6月「国民投票のルール改善を考え求める会」に出席した山尾志桜里、船田元、杉尾秀哉各議員(左より)=2018年6月

 それと並行して、船田元氏や山尾志桜里氏、杉尾秀哉氏らこの問題の重要性を理解している国会議員に接触してロビイング。国民投票時の「テレビCM」など広告規制のあり方を考える超党派の国会議員連盟(国民投票CM議連)を発足させて問題解決に取り組むよう要請した。

 ここでは、そうした自身の経験に基づき、この17年間の国民投票法をめぐる各党、各議員の動きや護憲派と呼ばれる人々の思考、あるいは民間放送連盟の姿勢などについて簡潔に論じたい。(※2017年以降の市民側の活動については、[国民投票/住民投票]情報室のウェブサイトに掲載している)

「国民投票CM議連」の初会合に出席した民放連側の代表=2018年10月12日「国民投票CM議連」の初会合に出席した民放連側の代表=2018年10月12日

常識的な案を通すのに3年を費やす

 衆議院の憲法審査会において、自民・立憲・公明・国民各党議員の賛成多数で可決された国民投票法の改正案は、5月11日に本会議で可決された。この後、同案は参議院に送られ、6月半ばまでに成立する見込みだ。

衆院本会議で国民投票法改正案が可決され、自民党の議員から声を掛けられる衆院憲法審査会の細田博之会長(中央)=2021年5月11日午後1時14分、上田幸一撮影 衆院本会議で国民投票法改正案が可決され、自民党の議員から声を掛けられる衆院憲法審査会の細田博之会長(中央)=2021年5月11日午後1時14分、上田幸一撮影

 今回の改正内容は、公職選挙法には設けられていながら国民投票法にはない7項目の規定を盛り込むもので、例えば、地域の小学校など事前に決められた投票所とは異なる「共通投票所」を駅の構内やショッピングセンターなどに設置できるといった常識的なものだった。にもかかわらず、なぜ成立までに3年もの年月を費やしたのか。それは、野党第一党の立憲民主党が、この改正案の審議や採決に応じないという姿勢をとり続けたからだ。

 立憲は、「テレビCM」の規制など広告規制に関する議論を先行させるべきで、憲法そのものに関する議論はそのあとでやるべきだと主張。一方、自民、公明、国民、維新の各党は、後先をつけずに両方の議論をすればいいという姿勢をとってきた。だが、ここに至って立憲が方針を転換。国民投票の広告規制などについて、「施行後3年をめどに法制上の措置を講じることを改正案の付則に盛り込むこと」を条件に採決に応じた。

 枝野代表、福山幹事長、安住国対委員長ら立憲執行部の思惑はおよそ次のようなことなのだろう。

 [憲法改正の発議⇒国民投票の実施]に反対しているいわゆる護憲派の人々の票(支持)を得たいし、次の衆院選において一定の選挙区で協力関係を築くことになる共産党とこの件で争いたくもない。だが、憲法を御真影のように扱い、議論することさえタブーとする政党だと受け止められては、広範な有権者の支持を得られない。

 そこで、考えついたのが、「自分たちは憲法について議論することを拒んでいるのではなく、広告規制を国民投票法に盛り込んだ後にその議論に応じる」という構えを見せることだ。それによって、立憲は「憲法議論もしっかりやりますよ」と広範な有権者に見せつつ、護憲派の人々や共産党には「当分の間、改憲論議に応じることはない」と弁明ができる。そして、おそらくこの構えは党内調整にも有効なのだろう。

 立憲執行部のそうした策を「知恵が働く」と評価する政治通がいるかもしれないが、私には、確固とした理念や哲学によってではなく目先の損得で立ち回る人たちと映る。「知恵が働く」というより「小賢しい」。

 それは、2017年9月の前原・枝野両氏による民進党代表選直後に、当時、人気急上昇中だった小池百合子氏が立ち上げた希望の党へ一同そろってなだれ込もうとした動きと同じ。支持率を落とし続けていた彼らは、あの時も目先の損得で動いた。その際、小池氏に「排除」された枝野氏や福山氏らが意を決して結党した立憲民主党が、その後、民主党、民進党時代の同僚議員を大勢取り込み、今や衆参合わせて154議席を擁する中堅政党になった。

 この先、自公両党に代わって政権を担おうというのなら、今後は、国民投票法の改正や憲法論議について、政局や目先の損得に囚われない堂々たる姿勢をとってほしい。

「国対マター」にしてはいけない

 それにしても、今になって、前述のような「施行後3年をめどに……」といった条件を出して手打ちをするのなら、あるいは「憲法論議を拒んでいるのではなく、CM規制を盛り込んだ後に議論に応じる」というのが本心ならば、なぜ7項目の改正案が出された3年前の段階でそういう姿勢をとり、憲法審査会での議論に臨まなかったのだろうか。もしそうしていたら、広告規制に関する具体的な議論が3年前から始まっており、今回の改正案の中に新たな規制を盛り込むこともできたはずだ。

 憲法審査会における国民投票法の審議に関しては、護憲・改憲といった枠組みを超え、国民投票を公平かつ理性的なものにするためのルール設定をなすことを第一義に考えるべきで、それを、「政局」や「国対マター」にしてはならない。

 1年半前(2019年11月)、立憲の安住国対委員長は、憲法審査会において「CM規制についても憲法そのものについても、自由に議論をしていきたい」といった発言をした山尾志桜里議員を呼びつけて、「勝手にああいった発言をしないでもらいたい。これは国対マターなんだから」と諫めたという。

 そういう意向に従えば、自身の政治的信念を棄てることになると考えた山尾議員は、安住氏の指示を拒んで立憲を離党し、国民民主党に移った。彼女は、今も憲法審査会に所属し、審議では毎回、自身の良心にのみ従って発言をしている。

 一方、「国対マター」にしてきた安住氏にとって、今回の自公両党との手打ちは狙い通りであり、立憲は今後もそういった姿勢で憲法審査会の審議に臨む可能性が高い。彼らには、「テレビCM」など国民投票時の広告規制について他党と議論を重ね、速やかに新たな「改正案」をつくり、これを制定する意思はないように見える。

 そうだとすれば、このままでは近い将来、緊急事態条項など何らかの改憲案が国会発議された場合、現行のルール規定で国民投票をやることになる。このルールは、誰もが自由にチラシを配ったりスピーチしたりすることができるなど、公職選挙法に定められた運動のルールに比べて良い点がいくつもあるが、やはり広告規制の緩さが大きな懸念となる。今の規定のままでは、投票日の14日前までは、いくらでもテレビCMを流すことができる。

(投票日前の国民投票運動のための広告放送の制限)
国民投票法105条 何人も、国民投票の期日前十四日に当たる日から国民投票の期日までの間においては、次条の規定による場合を除くほか、放送事業者の放送設備を使用して、国民投票運動のための広告放送をし、又はさせることができない。

 現在、国民投票のルールがどういうものになっているのかについては、この論考の(下)で詳しく解説する。

「護憲派」と呼ばれる人々の思考と行動

 今回の改正をめぐる動きに反応した護憲派の多数が、ツイッターなどのSNS上で[#国民投票法改正案採決に反対します]というハッシュタグを付けて、反対の声を拡散した。その理由を読むと、今の国民投票法の内容や今回の改正内容をよく知らずに反対している人がいることがわかる。例えば、こういった投稿がなされている。

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