インド・アッサム州の市民権問題と、あなたにできること
2021年05月12日
社会課題に向き合う。どうしたら解決できるのかをともに考え、行動する――。そのきっかけとなる論考を、これまで以上に力を入れて、「論座」で公開していきたいと考えています。
その一環として、「ソーシャル・ジャスティス基金」(SJF)のご協力のもと、連載を始めます。SJFは、社会的公正の実現を希求し、見逃されがちだが大切な課題の解決策を提案する市民の活動を、民間の力を集めて支援する基金です。SJFがともに対話の場をつくってきた団体のメンバーによる寄稿を、順次ご紹介します。コメント欄にご意見をお寄せください。(編集部)
「私は2009年に、いきなりやってきた警察に『不法侵入した外国人だ』と言われて逮捕され、そのまま10年間拘留されました。3人の子どもと夫がいましたが、夫はこのことがショックで病気になり、私が釈放される数か月前に亡くなりました。一体、どうしてこのようなことが起きるのでしょう。」
これはインド北東部アッサム州のある村における、40代の女性の訴えである。
生まれ育った国で、ある日突然、「外国人」にされてしまう……。もしもそんな立場に追い込まれたら、あなたはどう感じるだろうか。日本で暮らす私たちには、無縁のできごとなのだろうか。
アッサムでは不法移民(主にバングラデシュ)への反感が強く、2013年から「全国市民登録簿」を更新し、外国人を摘発するための基盤を作ろうとしている。2019年にその更新版の名簿が公開されたが、登録申請をした3300万人のうち、190万人が名簿から漏れており、登録されなかった人たちは排斥に直面するのではという危機感を持っている。
2019年8月の名簿公開以降、アッサム州には全国市民登録簿に名前が掲載されず、今後どのような扱いを受けるのか、不安を抱える人が多く存在している。また、今までに「外国人」という疑いをかけられ、外国人審判所で「外国人」と認定された人々も多く存在する。こうした人々の多くはインド生まれなのだが、認定後に外国人拘留センターで無期限に拘留されてきた。拘置所は刑務所と同じ敷地内にあり、劣悪な環境で食糧も不十分である。心身ともに病み、拘留後に亡くなる人が後を絶たない。
筆者は2020年2月末、コロナ禍で海外渡航ができなくなる直前に、アッサム州の西部地域で「ある日突然、外国人と宣告される」ことを恐れる人々のもとを訪れ、話を聞いた。さらに日本の支援団体とつなぎ、市民権問題の影響を受けることが多い河川地域のムスリムの人々への支援が始まった。
隣接するベンガル地域に出自を持つムスリムの人々は、アッサム州の中央部を流れるブラフマプトラ川流域に多く移住した。そのため、特に西部地域では多くの県でムスリム人口が半数を超える。
ブラフマプトラ川の辺りは土壌が柔らかく、毎年川の流れ等の関係で河岸が浸食され、土地が沈む。一方、削られた土壌によって川の真ん中の方に中州(チョル)ができ、数年経つと耕作できるようになる。
この河岸浸食のため、一時避難してから再度生活を再建する……ということが一生の間に何度も起きる人たちがおり、生活や子供たちの教育に大きな影響を受けることになる。また、土地が沈んでいる間は他地域に出かけて日雇いなどで食いつなぐことが多いが、そこで「バングラデシュ人」と疑われて検挙されたりいやがらせを受けたりすることが多い。
マミラン・ネサも、こうした中州地域に生まれて育ち、何回かの移住を経験している。しかし、いきなり「外国人」と宣告されることは晴天の霹靂だっただろう。以下、彼女の証言をまとめる。
2009年に警察がやってきて逮捕され、そのまま10年間拘留されました。その時には3人の子供がいて、妊娠中でした。お腹の子供は拘留後に流産しました。夫はショックで働けなくなり、精神的に病んでしまって、自分が釈放される数か月前に亡くなりました。
そのため、子どもたちは一番上の女の子が面倒を見たり、親戚の家に預けられたり、と苦労をしてきました。下の子(拘留時3歳)は拘留中に2回しか会うことができず、釈放されて最初に会っても自分のことがわからなかったほどです。2019年に最高裁の判決で3年以上拘留された人は釈放となることが決まり、2019年12月に釈放されました。
釈放後も週一回は警察署に行かないといけないのですが、交通費もままならず、負担です。よく眠れず、食欲もありません。夫もなくし、何もかもなくしました。政府にはすべて返してほしいと訴えたいです。今は生計手段がないので、釈放されたときに村の人たちが寄付してくれた食糧で何とか賄っています。(マミラン・ネサ、40歳、女性)
この不法に侵入した外国人を検挙する制度の設置は、1960年代にさかのぼる。不法移民の摘発と拘留自体は他の国でも実施されていることだが、アッサム州ではその時々の政治情勢に応じて検挙の目標数が定められており、その達成のために杜撰な捜査で外国人という嫌疑をかけられる人がいるのである。
また、これとは別に、選挙名簿に多数の外国人が登録されたのではないかということが1970年代末からたびたび問題視され、1997年には選挙管理官が約37万人の人々を疑わしい有権者(Doubtful Voter,通称D-voter)として特定した。そのほとんどがムスリムであるといわれている。
外国人として検挙された人々やD-voterと特定された人は外国人審判所で書類を提出し、インド市民であることを証明しなければならない。しかし、嫌疑をかけられた多くの人々は貧しく教育を受けていないため、しばしば必要な書類を提出できず、また些細なスペルミスなどによって外国人と宣告されている。
2019年12月までに11万7000人の人が外国人と宣告され、1000人以上の人々が拘留されたことがNGOの調査で明らかになっている。特に、2016年にヒンドゥー至上主義を掲げるインド人民党が政権の座についてから外国人と宣告される人の数が増加していることが懸念される。
こうした状況の中、2013年には最高裁の判決によって「全国市民登録簿」(NRC)の更新が実施されることが決定された。
外国人と宣告された人が拘留されることをすでに知っていた人々は、この更新作業に不安を覚えた。たとえインド生まれで、両親がインド人であったとしても、些細な書類の不備で外国人と宣告される人が多いことを知っていたからである。実際、190万人の人々が名簿に登録されなかった。そのうち、およそ50万人がムスリムではないかと指摘されている。
例えば、妻と娘がNRCに登録されなかったという男性は以下のように証言した。
妻と上の娘がNRCに登録されませんでした。女性たちは父親とのつながりを証明する書類がなく、登録されていない例が多いです。NRCの登録には、今までに7000ルピーほど(約1万円)お金を使いました。家族全員での審査があったので、そのたび家族で出かける交通費や滞在費、書類を整えるためのお金です。ほかの7人の子供は登録されました。いまは政府からの通知待ちです。
自分はNRC自体は良いことだと思います。ここ(バルペタ県)では土地を持っていないので、グワハティ(アッサム州の州都)でサイクルリキシャを引いています。一日500ルピー稼げるので、30年間そうやって家族を養ってきました。しかし、しばしばいやがらせを受けます。「移民だ」「バングラデシュ人だ」と言われるのです。
NRCがきちんと終われば、書類で証明されるようになると思いました。しかし、妻が登録されていないことはあまりに理不尽だと思います。政府の説明を聞きたいです。妻と娘が登録されていないことがいつも頭にあり、そのせいで用事があっても遠くに行けません。ある日連れていかれて、拘留されてしまうのではないかと恐れているからです。
今回のことで、教育の大切さがわかりました。自分は教育がないので、書類を出すのにも人を雇って確認してもらわないといけません。息子にはきちんと教育を受けさせたいです。(ヤシン・アリ、47歳、男性)
これまで、拘留所は刑務所の敷地内に仮に設置されているものがほとんどであり、収容人数も限られていた。そのため、2020年3月時点で政府は新たに10の拘留所を建設中だった。そのうちの一つ、ゴアルパラに建設中の拘留所では、約3000人を収容できる施設を多額の資金を投じて建設していた。こうした施設の建設は、NRC名簿から排除された人々に一層の恐怖を与えている。(*なお、2021年4月現在、ほぼ完成したゴアルパラ県の拘留所用建物はCOVID-19感染者の隔離に使われている。)
ムスリムの人々の間では、長年迫害に遭うことが多く、ムスリムというアイデンティティを掲げて活動する組織がなかった。しかし、近年、西部のバルペタ県を中心にムスリムのために活動する若い人々が組織化されている。アブドゥル・カラム・アザド氏を中心に、30代の人々が河川地域に住むムスリムの人々の間で教育や生活支援を始め、今回のNRC問題についても積極的に発信してきた。
筆者が所属する日本のNGOジュマ・ネットも、メンバーがこの問題について興味を持ったこともあり、アザド氏らの平等研究財団と協力して、2020年度からNRC問題の被害に遭っている人たちを中心に支援を始めた。具体的には、以下のプロジェクトに対して資金援助を行っている。
当初は、3つの支援を予定していた。①NRCが甚大な被害を与えた子どもたちへの教育支援、②拘留された人々を中心とする生活支援、③元被抑留者の間での自助組織の結成である。しかし、コロナ禍によって多くの人々を集めるミーティングが困難になったため、2020年度の活動は①教育支援と②生活支援に絞られた。
教育支援としては、ムスリムの多い河岸地域で調査を行い、補習授業を実施することを決定した。5人から10人の臨時雇いの教員を訓練し、不登校になりがちな貧しい家庭の子どもたちのニーズに合わせて補習授業を実施している。コロナ禍と重なったため、休校期間中は、スマートフォンなどを購入できない子どもたちにとって唯一の教育へのアクセスとなった。また、コロナ禍で親の収入が途絶えた子どもたちも多く、この支援で何とか教育への望みをつないでいる子どもたちも多いという。
生活支援としては、25人の女性グループを結成し、手工芸品づくりのトレーニングが実施された。特に「ケタ」という刺繍を施す布製品作りが女性たちの間で好調であるという。「ケタ」は「カタ/ノクシカタ」ともいい、ベンガル地域で広くみられる。今回、ジュマ・ネットからの支援をきっかけに、女性たちの間でベッドカバーや上掛けを作るプロジェクトが始まった。現地団体が布や糸を支給し、女性たちに刺繍の訓練を施して製品を作ってもらい、販売につなげている。地域の手工芸品販売促進会など、機会があるごとに出品し、Facebook上でも販売を始め、口コミで良い評判が広がって購入者が増えている。特にアッサム州の州都グワハティなどの都市部で好評で、場合によっては他州からも注文があり、インドのamazonでの販売も始まった。
2020年度はコロナ禍の影響もあり、NRC問題によって影響を受けた人のみに支援を限定せず、広くこの地域の人々に対して支援を実施した。今後、コロナ禍がおさまり、元被拘留者やNRCから排除された人々のネットワーク形成が可能になった際、より彼/彼女らのニーズに合った支援を実施したいと思っている。こうした支援は、現地で少しでもNRCの影響を緩和するために働くアブドゥル氏や、彼と一緒に声をあげはじめた地域の若者たちのエンパワメントになると信じたい。
日本からみれば、インドはまだまだ遠い国という印象を持つ人が多いだろう。しかし、本稿を読んで問題について興味を持った人にも、いろいろとできることがある。
まずは問題についてより深く知ることだ。ジュマ・ネットはニュースレター等でこの問題に関して発信を行っており、一部はウェブサイトやfacebookで公開されている。現地の人々と協力して作成した日本語の報告書も出版しているので、ぜひ手に取ってみてほしい。
また、この問題に関してジュマ・ネットを支援するソーシャル・ジャスティス基金が5月15日にアドボカシーカフェ(「あなたがある日突然、外国人だと言われたら――インド・アッサム州における市民権問題」)を開催する。申し込めばオンラインでだれでも参加できるので、ぜひ参加してみよう。
また、知らない人も多いと思うが、日本でも「不法入国者」として在留資格のない外国人が拘留されている。中には日本で結婚して家族がいるのに拘留
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