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ある日突然、「外国人」と宣告され、拘留される人々

インド・アッサム州の市民権問題と、あなたにできること

木村真希子 ジュマ・ネット運営委員 津田塾大学教授

拘留後に流産、夫は死去……「何もかもなくした」女性

マミラン・ネサ、40歳、アッサム州バルペタ県拡大マミラン・ネサ、40歳、アッサム州バルペタ県
 冒頭の文章で紹介した女性の名前はマミラン・ネサといい、アッサム州西部のバルペタ県で生まれて育ったムスリム女性である。

 隣接するベンガル地域に出自を持つムスリムの人々は、アッサム州の中央部を流れるブラフマプトラ川流域に多く移住した。そのため、特に西部地域では多くの県でムスリム人口が半数を超える。

 ブラフマプトラ川の辺りは土壌が柔らかく、毎年川の流れ等の関係で河岸が浸食され、土地が沈む。一方、削られた土壌によって川の真ん中の方に中州(チョル)ができ、数年経つと耕作できるようになる。

 この河岸浸食のため、一時避難してから再度生活を再建する……ということが一生の間に何度も起きる人たちがおり、生活や子供たちの教育に大きな影響を受けることになる。また、土地が沈んでいる間は他地域に出かけて日雇いなどで食いつなぐことが多いが、そこで「バングラデシュ人」と疑われて検挙されたりいやがらせを受けたりすることが多い。

 マミラン・ネサも、こうした中州地域に生まれて育ち、何回かの移住を経験している。しかし、いきなり「外国人」と宣告されることは晴天の霹靂だっただろう。以下、彼女の証言をまとめる。

 2009年に警察がやってきて逮捕され、そのまま10年間拘留されました。その時には3人の子供がいて、妊娠中でした。お腹の子供は拘留後に流産しました。夫はショックで働けなくなり、精神的に病んでしまって、自分が釈放される数か月前に亡くなりました。

 そのため、子どもたちは一番上の女の子が面倒を見たり、親戚の家に預けられたり、と苦労をしてきました。下の子(拘留時3歳)は拘留中に2回しか会うことができず、釈放されて最初に会っても自分のことがわからなかったほどです。2019年に最高裁の判決で3年以上拘留された人は釈放となることが決まり、2019年12月に釈放されました。

 釈放後も週一回は警察署に行かないといけないのですが、交通費もままならず、負担です。よく眠れず、食欲もありません。夫もなくし、何もかもなくしました。政府にはすべて返してほしいと訴えたいです。今は生計手段がないので、釈放されたときに村の人たちが寄付してくれた食糧で何とか賄っています。(マミラン・ネサ、40歳、女性)

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筆者

木村真希子

木村真希子(きむら・まきこ) ジュマ・ネット運営委員 津田塾大学教授

 横浜生まれ。インド北東部の民族問題に関心を持ち、2001年よりインドのジャワーハルラール・ネルー大学に留学。研究を進める傍ら、日本やアジアの先住民族支援の活動に携わる。主著『終わりなき暴力とエスニック紛争――インド北東部の国内避難民』(慶應義塾大学出版会、2021年)。現在、津田塾大学学芸学部多文化・国際協力学科教授、先住民族の権利を支援する国連NGO「市民外交センター」共同代表、ジュマ・ネット運営委員。