政権の形、政策の中身、首相の人選で選択肢があるドイツの政治風土・文化から学ぶこと
2021年05月18日
隣の芝生は青く見えるのは世の習いとはいえ、やはりうらやましくはある。我らが日本と同様、この秋に総選挙を控えるドイツのことだ。
16年の長きに及んだメルケル政権の後を争う首相候補は、党派も世代も性別も多様な3人が並び立った。大連立を組む与党はメルケル首相の所属する中道右派のキリスト教民主同盟(CDU)がラシェット党首(60)を、左派の社会民主党(SPD)がショルツ財務相(62)をそれぞれ擁し、野党は緑の党が女性のベアボック共同党首(40)を結党以来初の首相候補に押し立てる。
対決構図はわかりやすい。政治キャリアに秀でつつもカリスマ性に欠ける60代の男性の二人と、ほぼ20歳若く党の外交・安全保障アドバイザーの経歴を持ち、2人の子供を育てる女性との闘いだ。コロナ禍対策をはじめ現政権に共同責任を負う伝統的な左右両派の政党と、現政権に対峙し環境問題で先駆けて来た政党との争いでもある。
世論調査では緑の党が一番人気に迫る勢いと伝えられるが、おそらく日本ならかつての小池百合子東京都知事率いる希望の党の時のように、メディアが「女性党首旋風」などと騒ぎ立てるのではあるまいか。
ただ、うらやましいのは、そんな表面的な清新さではない。
4月のロイター電によると、ドイツの週刊誌が企業経営者1500人に対して行った調査で、支持率はラシェット、ショルツ両氏が10%台だったのに対して、ベアボック氏が26.5%で首位に立ったという。教育やデジタル、環境関連事業への投資に重点を置く点が理由に挙げられたが、政権担当能力への信頼感と現実を無視した極端な変化はもたらすまいとの安心感がなければ、そんな数字になってはいまい。
緑の党は1979年の結党直後こそ新左翼色が濃く「何でも禁じる党」と揶揄(やゆ)されたが、1998年から2005年まで社会民主党との連立政権に参加し、副首相兼外相や保健相、環境相など要職を担った。現在もドイツで16州のうち11州で連立政権の一翼を担う。
外交や国防、貿易に関する政策を巡る党内の意見の相違は、「まわりくどい難しい表現で覆い隠している」一方で、ベアボック氏らは経済界と関係を築こうとしてきており、公約案でも気候変動への取り組み強化から増税を原資とした公共投資の実施など、「従来の政権とは異なる政策案であふれている」という(5月4日付け日経朝刊 英エコノミスト誌記事の翻訳)。
そこで、緑の党が総選挙で躍進すれば何が起きるか。過半数に至らずとも、多数派を形成するために、左右両派が「ベアボック首相」を前提にして連立工作を競う展開も予想される。当然、政策協議が長期・複雑化する可能性もあるだろう。
だが、わかりにくくとも、それが熟議により最適解に到達しようとする政党政治の本質であり妙味である。
連立協議の過程でコロナ禍対策をはじめ、実績と対案の双方の確かさが浮き彫りにされよう。いかに他党を引き付け、自党をまとめて連立政権を樹立できるか、その成否でいち早く首相としての指導力も試されよう。さらに、協議の過程が密室協議に隠されず十分に可視化されれば、民主主義国家が選挙で本来、目指すべき国民的合意の取り付けにも資するだろう。
少なくとも今、ドイツ国民には政権の形と政策の中身、そして首相の人選で複数の選択肢がある。「競争性」が当たり前のようにある政治風土・文化こそがうらやましい。
翻って我が国はどうか。
政権の命運を賭けたワクチン接種も満足に進まず、世論調査で菅義偉・自公連立政権への支持率は30%台に沈む。
もとより、この政権には消去法の二乗のような脆弱な「支持」しかない。野党がとって代わる存在になりそうにないから自民党しかなく、自民党も他に適当な人が見当たらないから菅首相を推すしかない。まさに「競争性」を欠いた閉塞状況だが、その責任の一端は野党にある。
象徴的だったのは、立憲民主党の枝野幸男代表が4月の記者会見で唱えた「選挙管理内閣」構想である。菅政権の退陣を前提に「私の下、少数与党で危機と選挙の管理内閣をつくりたい」「目の前の危機を乗り越えてから選挙を行う例は各国である」と語った。
あまりに非現実的と思われたのか、政界でも言論界でも論争は深まらず、立憲民主党をはじめ野党でも同調の動きは広まらなかった。ただ、枝野氏は選挙管理内閣の実例が「各国である」と言ったが、構想なら我が国でも浮上したことがある。
それは、ロッキード事件で田中角栄・元首相が逮捕され、自民党の「金権体質」が世論に厳しく批判された1976(昭和51)年のことだ。
当時、与野党伯仲時代の到来を受けて、野党連立政権の理論武装に努めた故・篠原一東大法学部教授は翌77年に上梓した『連合時代の政治理論』(現代の理論社)の中で、選挙管理内閣構想が尻すぼみに終わった顛末(てんまつ)を取り上げ、社会党など野党に警鐘を鳴らしている。
自民党の三木武夫政権では事件の徹底追及は困難だとして、野党の選挙管理内閣がとって代わる正当性を主張しつつも、その構想が自民党を割って出た新自由クラブの一員から最初に提起され、社会党が後に続いた「立ち遅れ」を突く。「問題は、このような構想が早く、自信をもってなされなかったことの中にある」と断じるのだ。
現在といかに似通った状況であることか。
そのうえで篠原教授は、政権交代と連立政権が常態化した欧州など諸外国の実例を踏まえて、それを可能にする諸条件を挙げてゆく。
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