国民投票法をめぐる17年(下) CMの公平性保てず、冷静な議論を妨げるおそれも
護憲・改憲を問わず、主権者としてルール改善の提案を
今井 一 ジャーナリスト・[国民投票/住民投票]情報室事務局長
選挙は公職選挙法に定められたルールに則って行われるが、憲法改正の是非を問う国民投票におけるルールは、国民投票法(日本国憲法の改正手続に関する法律)に定められている。「国民投票法をめぐる17年(上)」に続き、この(下)では、その中の「運動」に関するルールについて「放送広告(CM)」を中心に、これまでの経緯を含めて解説する。
選挙時とはかなり異なる「運動」ルール
選挙運動があるように、国民投票運動というものもある。頻繁に国民投票を行なっているスイスやイタリア、フランスなどでは、「原発稼働」や「離婚の合法化」、「EU加盟」など、テーマによってはかなり激しいキャンペーン合戦が繰り広げられている。

EU憲法条約批准をめぐるフランスの国民投票時の賛否両派のポスター(左と右)
EU離脱の是非を問うたイギリスの国民投票は大接戦となったが、離脱派と残留派は、街頭でのチラシ配布や戸別訪問などで互いに強力な運動を展開した。

EU離脱の是非を問うた英国の国民投票で、戸別訪問をする運動員
日本の場合、国政選挙や自治体の首長・議員の選挙は公職選挙法に定められたルールに則って行われるが、国民投票におけるルールは国民投票法に定められている。
- 投票権者は、18歳以上の日本国籍を有する者
- 1人1票の秘密投票
- 期日前投票、不在者投票は可能
このように、選挙と国民投票はいくつもの点で同じルールになっているが、異なっている点も少なくない。それを、主として「運動」に関するルールを中心に説明する。
国民投票法(100条の2)には、国民投票運動とは「憲法改正案に対し賛成又は反対の投票をし又はしないよう勧誘する行為をいう」と記されている。その「行為」は原則として自由であり、さまざまな縛りや制限がある選挙運動のルールとは大きく異なる。ここでは、そのルールのなかの「放送広告(CM)」を中心に解説する。(※なお、ここで記す「国政選挙」は、本人届け出によって衆議院選挙(小選挙区)に立候補した場合のルールだということを断っておく)
チラシの配布
国政選挙では、チラシに証紙を貼って配布(頒布)する。2種類のみ作成可能で、上限は7万枚。配布方法や範囲は、新聞折り込み、選挙事務所内、演説会場内、街頭演説会の4つに限られており、住宅への直接のポスティングは不可。
これに対して国民投票では、チラシでもリーフレットでも証紙の類は一切貼る必要がない。どこでも配布できるし誰が配布してもいい。種類も枚数・部数も無制限に作成・配布できる。
インターネットを使った運動
国政選挙では、候補者以外の者が、パソコンやスマホ、携帯電話などを使った電子メール(ショートメールを含む)を使って投票依頼の運動することは禁止されている。
これに対して、国民投票ではまったく制限がない。
新聞広告を出す
国政選挙では、公費負担で1候補者につき5回まで新聞広告を出すことができる。それ以外に私費で広告を出すことは禁じられている。
国民投票では、まったく制限がない。新聞社が出稿を受ければ、個人、団体、政党、企業などが、何度でも、どんな大きさでも広告を出すことができる。
放送広告(CM)を出す
国政選挙では、「政党届け出」の立候補者個人および政党・政治団体は、政見放送に出ることができる。だが、私費で自党や自党の候補者に「一票を投じて下さい」といった内容のものを流すことはできない。選挙期間中に政党のテレビCMが流れているが、あれは「投票の勧誘やお願い」ではなく「政党のPR」だということで放送可能となっている。
国民投票では、運動としての広告放送(タイムCM、スポットCM)に関しては、国民投票法105条で規制されている。期日前投票が開始される投票日の14日前から投票日までの間、国民投票運動CMを流したり流させたりすることは禁じられている。
立法府がそうしたルールにした理由はいくつかある。投票日直前で扇動的CMが流れると有権者の理性的認識を弱める働きをするし、投票日直前にフェイクに満ちたCMが流された場合、対抗する陣営はそれに反駁する時間を確保できない。あるいは、何度かテレビCMを流すためには億単位の資金が必要で、資金力によってCMを流したり流せなかったりするのは不公平だということだ。
現行のこの「投票日14日前からは禁止」というルールについては、2007年の国民投票法制定当時、衆参の憲法調査特別委員会では、委員のほぼ全員が一致して賛成していた。では、現在なぜそのルールを改めよう(国民投票法を改正しよう)という動きが起きているのか。
投票日14日前までは禁止されていても、それまでは何十日でもまったく制限がなく、放送事業者が受ければ、個人、団体、政党、企業などが、何度でもどんな長さのものでも国民投票運動CMをテレビに流すことができる。それが問題だという声が2016年頃から高まってきたのだ。
といっても、その声は議員や政党からあがったのではなく、この論考の(上)でも紹介したカタログハウス社の『通販生活』や私たち市民グループの側からあがったものだ。それに対して当時の議員やメディアの反応は冷ややかで、少なくとも2017年1月の段階で「放送広告(CM)のルールを改めるべきだ」と主張する政党はなかった。
それが、(上)で紹介したような「国民投票CM議連」(2018年10月)の結成を経て各党各議員の問題意識を高め、ようやく憲法審査会で議論される運びとなった。この議論を深めるという動きは止めてほしくない。