選別を止め、生きられる社会をつくるために声を上げるふたりの訴え
2021年05月19日
新型コロナウイルスの感染者が増え、医療崩壊の危機に瀕しています。だれかの命を救うために、だれかの命を諦める……。そんな「命の選別」が進むことを危惧する古賀典夫さんと鷹林茂男さんにインタビューしました。視覚障がいがあるふたりは、コロナ禍のもとで障がい者や高齢者の命が軽視されていると指摘し、そんな流れを止めるために声を上げています。
古賀典夫(こが・のりお) 1959年生まれ。全盲、あんま鍼灸師。身体や精神に障がいのある人や難病患者らによる「『骨格提言』の完全実現を求める大フォーラム実行委員会」副委員長。「怒っているぞ! 障害者きりすて! 全国ネットワーク」世話人。
鷹林茂男(たかばやし・しげお) 1952年生まれ。全盲、あんま鍼灸師。「『骨格提言』の完全実現を求める大フォーラム実行委員会」と「怒っているぞ! 障害者きりすて! 全国ネットワーク」のメンバー。
松下)おふたりは、医療が逼迫するなかで命の選別が進むことを懸念し、自治体に抗議したり、話し合いを求めたりしています。いったいいま、何が起きているのでしょうか。
古賀)新型コロナウイルスの感染によって、多くの人々の命が危険にさらされていますが、とりわけ高齢者施設、障がい者施設、精神科病院に入院・入所している人々は危険な状況にあります。
たとえば、北海道の高齢者施設で昨年、クラスターが発生し、救急搬送を求めても保健所に断られ、施設内でなくなる方が相次ぎました。栃木県の障がい者施設でもクラスターが起き、同じように施設内でなくなったと報じられています。
【注】 札幌市の介護老人保健施設「茨戸アカシアハイツ」では昨年春、入所者と職員あわせて92人が感染し、入所者17人が死亡。このうち12人が施設内でなくなった。栃木県佐野市の知的障がい者施設「とちのみ学園」では今年1月、53人が感染し、入所者2人がなくなった。ともに入院がかなわなかったことや、感染した人と、していない人が利用する区域をわけて接触を防ぐのが難しかったことなどが指摘されている。
また、私立の精神科病院の団体である日本精神科病院協会が、会員の病院にアンケートを実施したところ、感染した人の6割以上が治療のため転院することができなかったと報道されています。回答の中には、保健所から「繰り返し転院を依頼されても困る」「貴院でおみとりしていただきたい」と言われたというものもありました。
そして、精神科病院で感染した人の割合は、全国で感染した人の割合の約4倍、死亡した人の割合も約4倍に及ぶという試算もあります。
松下)「命の選別」は、どのように進められているのでしょうか。
古賀)大阪府の医療監が4月19日、各保健所あてに「年齢が高い方は入院の優先順位を下げざるを得ない」と記したメールを送ったことが明らかになりました。大阪府はこれを撤回し、謝罪しましたが、救う命と救わない命をふるい分ける動きは確実に進んでいます。そこで使われているのが「DNAR」(do not attempt resuscitation)という言葉です。
日本救急医学会の医学用語解説集によると、DNARとは、患者本人または代理者の意思決定をうけて心肺蘇生法をおこなわないこと。つまり心肺停止した人に心臓マッサージや人工呼吸を施さないというのが本来の意味のはずです。
しかし、神奈川県川崎市が1月22日付で出した通知には、高齢者や障がい者施設などで陽性者が出た場合、「DNAR(延命処置・人工呼吸器装着希望の有無)を必ず確認すること」と書かれていました。これはDNARを拡大解釈し、心肺停止状態でなくても、人工呼吸器やECMO(体外式膜型人工肺)を使った救命治療を施さないことがありうるといっているのです。
私たちは3月30日に川崎市を訪ねて担当者と面会し、公開質問状も提出しました。川崎市によれば、1月22日付の通知は2月に解除されましたが、それとは別に、高齢者、障がい者、あるいは障がい児の施設に対して、入所者がDNARを希望しているかどうかがわかる一覧表をつくるようお願いしているということでした。
【注】 川崎市は公開質問状に対する4月20日付の回答の中で、「限りある病床や医療スタッフを最大限有効活用することを唯一最大の目的として、延命措置や人工呼吸器装着の希望の有無の確認を依頼した」「事前に希望の有無が確認できれば、望まない方に望まない治療を施すことがなくなる」「延命措置等を希望しない方については、概ね人工呼吸器管理を行わない病床に受け入れていただきました」などと説明した。
施設での事前確認が難しい場合には、市の医療調整本部や医療機関で確認しており、「老若男女、障害の有無、施設・在宅の別に関わらず、すべての陽性患者に同様の対応を行わざるを得ない状態でありました」としている。
古賀)そうだと思います。東京都八王子市が昨年12月18日付で、医療機関や高齢者施設などにあてた通知でも、「患者がDNARを希望されている場合、自院、自施設内で介護、看護し続けていただかざるを得ないケースが出てきました」として、準備を進めるよう求めています。
これらは結局、本人や家族の意思を理由に、救う命と救わない命をふるい分けているということにほかなりません。それではDNARが「尊厳死」のための事前指示と同じものになってしまいます。
松下)自分の意思にもとづいて治療しないのであれば、それでよいという考え方もあると思います。どう考えますか。
古賀)「延命を希望している」といったら入院先が決まらず、病院に運んでもらうためにやむなく「希望しない」と答えたという報道もあります。いろんな圧力の中で、治療を諦めざるを得ない人が出てくる可能性は非常に大きいと思います。
意思確認の方法にも問題があります。川崎市の担当者に、どうやって意思確認をするのか聞くと、それぞれの施設に任せてあるというのです。厚生労働省は「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」で、本人が家族や医療・ケアチームと繰り返し話し合うことを求めています。施設に任せているということは、おそらくそういう形式もとっていないでしょう。神奈川県のある精神科病院は入院者の家族に対して、「万が一重症化した場合は看取りに切り替えることがある」と記した同意書へのサインを求めたそうです。
古賀)こういう事実上の命のふるい分けとともに、命をふるい分けるための制度のようなものをつくれという人たちがいます。中でも、行政の責任者である杉並区長が言い出したことに、私は強く危機感をもちました。
【注】 田中良・杉並区長は小池百合子東京都知事に対し、「現場の限界を超える患者が医療機関に押し寄せた場合、このままでは現場医師に生命の選択を強いることになります。この状況を回避するためには、国・都が協力し、重症者に対する人工呼吸器をはじめとした医療機器の装着に関するトリアージガイドラインを策定する必要があります」とする緊急要望を1月8日付で提出した。
さらに、1月11日公開の文春オンラインのインタビューでは、「『この人から人工呼吸器を外して、あの人に付けないといけない』という判断を現場の医者に押し付けていいのか」と語り、年齢ごとの「生還率」や「死亡率」、基礎疾患との関係などのデータをもとに、人工呼吸器などをつけても延命にしかならないケースや、救える患者の傾向を探り、ガイドライン化するという方法を例示した。
【注】 14時から、杉並区高円寺の高円寺障害者交流館で。ZOOMでの参加も可能。主催は障害者福祉を考える杉並フォーラム。参加申し込みや問い合わせは suginamiforum123@gmail.com へ。
松下)医療が逼迫しているのは事実です。子どもや若者の命を救えなくていいのかという声は、素朴な感情として出てきそうな気もします。こういう声をどう感じますか。
古賀)政治や行政に責任を負う人がまずとりくむべきは、医療体制の拡充ですよ。それなのに、命を選別するための順位づけをしようと言い出し、命を切ることで医療の逼迫を避けようとする。これはほんとうに危ない。
今度の変異ウイルスは、若者も重症化しやすいといわれています。子どもや若者の命を救うためにも、早く感染をみつけ、軽症者もふくめて医療を保障する体制を整備しなければならない。それによって、すべての人を助けることになっていくんじゃないでしょうか。
松下)今回は突然、大地震が起きてトリアージを強いられるようなケースとは違います。すでにコロナ禍が始まって1年以上たっていて、その間に医療提供体制や検査の拡充など、いろんなことができたはずですね。
古賀)そうです。このコロナの前から、医者はたいへんな状況におかれていました。32時間連続で勤務しても違法じゃないなんておかしいでしょう。もっと医者の数を増やし、ちゃんと休める条件をつくっておかなければならなかった。日本の感染者は、欧米に比べれば1桁も2桁も少ないのに医療崩壊が起きてしまう。そんな状況をつくったことがおかしいのです。
松下)杉並区長の提案について、ほかにどんな問題を感じていますか。
古賀)区長は、年齢や基礎疾患に応じた生還率や死亡率をもとに、ガイドラインをつくる考えを示しています。しかし、同じ年齢でも、同じ持病をもっていても一人ひとりの状態は違う。昨年、オランダで107歳の方がコロナに感染し、症状が出て回復されたという報道がありましたが、回復するかどうかは年齢からはわかりません。治療にあたる医師でなければ判断できないと思います。
これが進むと、医者も関与しないまま、行政が決めた基準に基づいて、「この人はもう80歳だから」「この人は70代だけれど持病もあるから」、あるいは「障がい者だから」救命しないということになるんじゃないか。患者にとっては一回の人生であり、たったひとつの命です。機械的に振り分けるなんてことは許せません。
古賀)年齢や持病、障がいの有無のような属性によって命を選別するのは、広い意味での優生政策だと思います。
優生政策は「不良な子孫が生まれるのを防ぐ」とか、生まれる時の話として語られてきましたが、ナチスは「断種」に加えて「安楽死」と称して殺害することにまで手を染め、これも優生政策と呼ばれました。妄想で終わることを祈りますが、障がい児施設にまでDNARを確認させようとする現状をみると、社会がもう一回転、悪い方向に進んだ時に、どんなことが起こるのか。嫌な感覚をもちますね。
【注】 ヒトラーは、治る見込みのない患者を殺害する権限を、指定された医師たちに与えるという命令を発出。この「T4作戦」で、精神や身体に障がいのある人や病人などが「生きるに値しない命」とみなされ、ガス室などで殺された。殺害の対象はさらに広がり、ユダヤ人やロマ人、同性愛者など様々な人たちに対する虐殺につながった。
【注】 田中良・杉並区長は3月5日の区議会予算特別委員会で、「私の問題提起が優生思想を内包しているというように、一方的に決めつけて、レッテルを貼って批判するのは違う。私の考えはそれとは違う」と答弁した。
松下)杉並区長は文春オンラインのインタビューで、「特に高齢者の場合、どこまで『治療』してほしいのか、あらかじめ意思を示しておきたい人がいるかもしれません」ともいっています。でも、「意思」はそう簡単には定まらない。その人の耳にどんな情報が入るかによっても、「意思」が変わりそうな気がします。
古賀)区長は3月5日の区議会で、朝日新聞の記事を引用しながら、人工呼吸器や胃ろうで挿管するのは患者さんに苦痛を与える、といっていました。記事にも、人工呼吸器をつけるために気管を切開すれば話せなくなると書いてある。だけど、コロナ感染の場合は一時的なものですから、もう一回縫い合わせれば声は出るんです。マイナスイメージを与える報道も、患者さんが治療を選択しない方向に導いてしまう可能性があるので、気をつけていただかなきゃいけない。
「尊厳死」を推進する人はよく、「人工呼吸器をつけたり、胃ろうをしたりするのは苦しい」という言い方をします。でも、そうやって生活している障がい者はけっこういる。人工呼吸器をつけて「学校に行きたい」といっている障がい児もいるし、胃ろうで体力が回復したらまた口から
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください