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21世紀は人に優しい新たな戦争の時代~戦場のAI化が進み「死傷ゼロ」

中国軍の現役将校が縦横に展開するAI戦略の未来の驚くべき中身

佐藤章 ジャーナリスト 元朝日新聞記者 五月書房新社編集委員会委員長

 驚くべき翻訳書が出版された。著者は現役の中国人民軍上級大佐で戦略学博士。中国人工知能学会会員でもある。龐宏亮(ホウ・コウリョウ)著『知能化戦争 中国軍人が観る「人に優しい」新たな戦争』(五月書房新社)

 自分が関係している出版社の本に「驚くべき」という表現は慎むべきかもしれない。だが、中国軍の現役将校が自身の担当している人工知能(AI)戦略の未来について、縦横に論を展開した書であることを知れば、この世界に関心のある人ならその表現に何度も首肯することだろう。

戦場から人間の姿がなくなる

aapsky/shutterstock.com

 この世界に馴染みのない人に簡単に説明しておこう。本書でも指摘しているように、2030年代には戦争はAI同士、ロボット同士の新しい形態を取り、戦場から人間の姿はなくなる。21世紀は人類史上革命的な戦争形態の転換が起こっていくのだ。

 その未来の戦略について、中国軍の最高幹部が見通しを開陳した書なのである。私自身はこの翻訳書の成り立ちには直接関与していないが、社の担当スタッフの話を聞けば、
「日本で翻訳書を刊行するにあたっては、中国共産党の最高幹部まで話がいったのではないか」とのことだ。

 AI戦略は、中国だけではなく、米国やロシアなど世界中の軍事関係者が最も注力している分野だけに、この翻訳書の許可と刊行は単なる出版だけではない意味合いがあるかもしれない。世界や日本に向けた、中国の何らかのメッセージが含まれている可能性がある。もちろん、本の企画から構成作業まで手掛けたスタッフによれば、翻訳に当たっては、中国のプロパガンダに乗せられないように細心の注意を払ったということだ。

 以下、この本の印象的なエキスを剔抉(てっけつ)し、少々強引に再構成してみよう。

世界一囲碁が強い男がAIに負けた

AIに3連敗し、対局を振り返る柯潔九段(左から2人目)=2017年5月27日、中国浙江省烏鎮

 2017年5月27日、中国・烏鎮で涙を落した一人の青年の姿に人類は衝撃を受けた。青年の名前は柯潔(かけつ)。世界中の人間の中で今、最も囲碁の強い男だ。その囲碁界の第一人者がグーグルのAIシステム「アルファ碁」に0対3で完敗したのだ。

 囲碁は人類史の中で最も難しいとされるボードゲームだ。3000年以上前に中国で考案された。縦横19本の線が引かれた格子の中で黒白の石を互いに置き合って、それぞれの時代を代表する棋士たちが陣地を争い合ってきた。

 碁盤の局面のバリエーションは10の170乗を超え、宇宙にある原子の数よりも多い。現時点で最高の能力を持つコンピューターをはるかに超える計算能力が必要だ。この計算能力をさらに超える想像力が人間の頭脳には存在し、コンピューターはその人間の頭脳を超えることはできない。柯潔の落涙の瞬間まで、そう信じられてきた。

 人類が敗北する前兆はあった。

 前年の2016年3月15日、グーグル「アルファ碁」は、世界トップクラスの韓国のプロ棋士イ・セドルを4対1で打ち負かした。解説していた別のプロ棋士は、「アルファ碁」が指したある一手を、「驚くべき一手」と評した。その一手が「不可思議なやり方」であり「常識外の新天地を切り拓いた」からである。

 紀元前500年の兵法書『孫氏』が言う「兵に常勢なく、水に常勢なし」という戦法を、文字通り自身の目の前で目撃し、第一人者・柯潔はこう語った。

 「人類の数千年の実戦と演練は進化しているが、コンピューターは、人類はいずれも間違いであることを教えてくれた。囲碁の真理に触れた人は一人もいなかったのだと思う」

深層学習で人間のような大局観を獲得

 しかし、世界最高峰のコンピューターの計算能力をはるかに超える囲碁の世界で、なぜAIは人間の頭脳に打ち勝つことができたのだろうか。

 その秘密は、AIが新たに身につけたディープラーニング(深層学習)にある。ディープラーニングというのは人間の脳の神経ネットワーク構造をモデル化したもので、抽出・認識したデータを次のより一層深い層に送り込んで認識し、さらにそのデータをより深い層に送り込む。こうしてデータは次々により深い層で正確に認識され、この作業過程自体をAI自身が自ら学習していく。

 その結果、AIは単なる計算機械から、人間のような幅広く深い大局観を持つようになった。このディープラーニングのアルゴリズムに、単なるデータの供与ではなく、コンピューターが蓄積したビッグデータを与えれば、AIはビッグデータを養分にして飛躍的な成長を遂げていく。

 人類の代表に勝った「アルファ碁」は、これまでに記録の残る3000万種類の囲碁の手筋を与えられ、自らを鍛えてきたのだ。

 このAIに、戦略や戦場のビッグデータを与えればどうなるか。もうお分かりだろう。

世界中の参謀将校、兵士が失業

 囲碁界の第一人者同様、世界中の参謀将校は失業の憂き目に遭う。将校だけではなく、武器を携行する兵士、さらには航空機や船舶などからも人の影は消えていく。

 実際、アフガニスタン戦争とイラク戦争では、偵察や監視活動など米軍の作戦支援任務の大半部分と、航空攻撃の約3分の1は無人機によって実行された。現在、米軍の無人機基地は60カ所を超え、世界各地に分散している。ロシアやイスラエルも無人機に注力しており、世界の航空偵察・攻撃の中心部分を占めつつある。

sibsky2016/shutterstock_.com

AI兵器の七つの優位性

龐宏亮著『知能化戦争 中国軍人が観る「人に優しい」新たな戦争』(五月書房新社)
 無人のAI兵器がなぜ優れているのか。本書では7点にわたる優位性を挙げている。
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