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マクロン大統領の東京五輪出席は「蛮勇」か~開催を当然視するフランスの空気感

ワクチン接種拡大で支持率もアップ。日本は「国賓訪問」をするべきリストの最優先国

山口 昌子 在仏ジャーナリスト

 「マクロン大統領が東京五輪の開会式に出席するというのは本当か?」とのメールの問い合わせが日本の友人たちから、いくつかあった。

 新型コロナウイルスの感染がやまない日本では、10都道府県で緊急事態宣言が延長され、半数を超える国民が「五輪反対」という世論調査もあるなか、マクロンの訪日は「蛮勇」、あるいは「狂気の沙汰」に思えるのだろう。

 しかし、パリから見ると、これは非常に常識的な判断に見える。フランスは3回目の2カ月間の「外出禁止」が解除され、出遅れていたワクチン接種も順調に進んでいるからだ。

シャンゼリゼ大通り近くのレストランのテラスは満員,順番待ちの長蛇の例も=2021年5月22日、パリ

東京五輪の開催はフランスでは“決定事項”

 菅義偉首相の支持率は「コロナ対策」への不満から30%台に急落したが、マクロン大統領の支持率は持ち直しつつある。燃料値上げに対する反対に端を発した2018年秋からの「黄色いベスト」の全国的な大規模デモへの対応のまずさや、「コロナ対策」における当初の判断ミス、またワクチン接種の遅れなので、今年の年頭までは30%台に下がっていたが、ここにきて各種世論調査で40%台をマーク。最新の調査(ハリス・インターアクティヴ、5月28日発表)では48%をマークした。ワクチン接種率の上昇に対する評価や、厳格な「外出禁止令」によるコロナ封じ込めにある程度成功したからだ。

 マクロンの五輪開会式(7月24日)出席について、フランスのマラシネアヌ・スポーツ担当相は、次のように指摘した。

 ――東京の次はパリ五輪(2024年)で、「五輪の聖火を継がないといけないためだ」。

 つまり、フランス政府にとっては東京五輪の開催は“決定事項”なのだ。

「国賓」としての訪日に意欲満々の大統領

マクロン仏大統領

 マクロン自身も訪日には意欲満々だ。数日前にはツイッターで、日本文化の熱狂的ファンで芸名を「星」と漢字で書く若手歌手マチルド・ジェルネ(25)の新アルバム発売に触れ、「私も駆けつけて買おう」などと発信していた。

 マクロンは来春の大統領選での再選を目指して、「若者層」の取り込みに躍起になっており、若者に人気がある歌手や芸能人などに急接近中と伝えられる。その一環かと思ったが、この歌手は特に若者に人気があるわけでもなく、知名度も低い。肩入れしても票につながるとは思えなかったが、このツイッターを流した直後、「五輪開催式出席」の報道があったので、なるほど、と納得した。今後、マクロンの日本や日本文化に関する発言は多くなりそうだ。

 大統領の訪日は、天皇、皇后陛下主催の晩餐会を伴う「国賓」になる予定だ。外交上の慣習により、国家元首のある国への「国賓訪問」は任期中に1回に限られている。そのほかの訪問は「公式訪問」になり、「晩餐会」はなしだ。

 2017年5月に大統領に就任したマクロンはまだ、日本を「国賓」として訪問したことがない。来春の任期切れを前に、日本は「国賓訪問」をするべきリストの最優先国だ。

洒落て見応えがある力士が登場するPR動画

 日本では、マクロンの訪日のほかに、五輪を中継する国営テレビ「フランス・テレビ」のスポーツ局が流したPR動画が話題を呼んでいるという。大相撲の力士と北斎風の版画を巧みに組み合わせた図柄で、「日本は五輪の準備ができました。フランスTVも同様です」とのナレーションが入る。

 1分間の動画の冒頭は、縁側に座った着物姿の力士の後ろ姿だ。茶飲み茶碗などが置かれた盆が傍らに置かれ、短冊には「心を静める」との日本語の文字がみえる。試合前に一服して心を静めているらしい。続いて褌(ふんどし)姿の力士が全力疾走したり、棒高跳びや3段飛びをしたりする躍動感溢れる動画が流れ、「全身全霊」「負けを認めず」などの日本語の文字も流される。さすが、芸術大国フランス。洒落ていて見応えがある。

「フランス・テレビ」のスポーツ局が流したPR動画に描かれる力士のイラスト(「フランス・テレビ」のサイトから)

 大相撲といえば、1986年に初の「パリ大相撲」が開催され、パリ市長時代のシラク元大統領を魅了した。シラクは1995年、大統領就任と同時に同年秋に2回目の「パリ大相撲」開催を決めたほどだ。以来、髷(まげ)を結った「力士」は、日本の版画や浮世絵とともに、日本文化を象徴するものになった。

 つまり、フランスではマクロン大統領もフランスのテレビ局も「五輪開催」を信じて疑わず、着々と準備を進めているということだ。

「外出禁止」を乗り越えウキウキのフランス国民

 大統領が支持率アップでニコニコ顔なら、国民も今、ウキウキしている。5月19日には半年ぶりにカフェ、レストランのテラス部分、映画館、美術館、大型商店などが扉を開けた。大統領も同日、カステックス首相とエリゼ宮(仏大統領府)近くのカフェのテラスでコーヒーを飲んで見せ、写真付きのツイッターを流した。

 フランス人が今、ウキウキしているのは、厳格で辛い「外出禁止」を乗り越えたという一種の達成感も含まれているように見える。シャンゼリゼ大通りから人影が消えた時期もある。1年に人口(約6600万)を上回る約9000万人が訪れる観光大国の面影もなく、経済は第二次世界大戦直後を超える落ち込みをみせた。そこから、難業苦行のマスクもして、なんとか「コロナ禍」を乗り越えたという達成感だ。

 ただ、カフェやレストランのテラス開店といっても、「密」を避けるために、極めて厳格な規制が敷かれている。カファやレストランのテラスの収容人数は定員の50%、1テーブルの人数は最高6人(個人宅の室内での会食も6人制限)。映画館、劇場は収容人数制限の上限は定員の3分の1、1ホール最大1000人(当初発表は800人)、全商店、デパートなどは客1人当たり8平方メートルを確保、名物の朝市など屋外の場合は1人当たり4平方メートルだ。カフェやテラスのテーブルの間隔は1メートルだから、5月19日の開店前には、ボーイが巻き尺片手にテーブルの間隔が1メートルになるように測っていた。

密を避けるために入店制限があり、シャンゼリゼ大通りにあるルイヴィトンの店の前で並ぶ人たち=2021年5月22日、パリ

 今後、「外出禁止令」は6月9日、6月末と段階的に解除され、レストランの中での食事も可能になり、収容人数制限や時間制限なども緩やかになる。午後7時から午前6時までの「夜間外出禁止」は5月19日からは午後9時から、6月9日からは午後11時からになり、6月末には徹夜でのどんちゃん騒ぎも許可される予定だ。

日本より過酷な状況で政府が「解禁」に踏み切った理由

 実はフランスのコロナ禍は、日本(死者約1万2000人、感染者約71万人=5月24日現在)とは比較にならないほど過酷だ。4月15日には死者が10万人を突破し、今や11万人に迫ろうとしている(10万9185人=5月27日現在)。感染者は約570万人(同)で、世界ランキングでは米国、インド、ブラジルに次いで4位だ。

 集中治療室の重症者は3000人前後で、時に4000人台になる(5月末現在)。それでもピークの6000人より減少したと喜んでいる。感染力や死亡率が高い英国、ブラジル、南ア、インドの変異株に加え、最近は仏南西部ボルドーで発見されたボルドー株も出てきた。ヴェラン保健・連帯相は「第4波はある」と述べ、浮かれすぎを警告し、医師の中にも、外出禁止」解除は早すぎると指摘する者もいる。

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