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菅・バイデン声明、異例の「台湾」言及から1カ月 その意味の深さを探る

日米中間に続く不気味な静けさ 次の動きを見極める必要

藤田直央 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

「平和的解決を促す」対中外交の局面

 菅・バイデン声明での異例の台湾言及は、上記のように日米にとって台湾問題が重みを増した「結果」だとは言え、現状認識の表明にとどまるものではない。中国を牽制しつつ、「平和的解決を促す」と述べている。日本が声明に入れようとこだわったこの言葉は単なる緩衝材ではない。日本が日米同盟と日中友好を両立させようと、深い意味を込めて半世紀にわたり繰り返してきたキーワードだ。次はこの「平和的解決」について考える。

 話は1972年秋にさかのぼる。日中国交正常化の際に田中角栄首相と大平正芳外相が北京で署名した日中共同声明は第3項で、台湾を自国領とする中国の立場を日本が「十分理解し、尊重」すると記した。だが、それなら台湾への日米安保条約適用は内政干渉ではないか、と直後の国会で野党がただした。もし日本が台湾を中国領と見なすなら、米軍が台湾防衛のため日本にある基地から出動しようとするとき、日本が安保条約に基づく事前協議で認めるのはおかしいという指摘だ。

拡大1972年、北京で日中共同声明に署名する田中首相(左側)と周恩来首相=朝日新聞社

 田中首相らはうまく答えられず、6日後に大平外相が政府見解を答弁。台湾問題が「当事者間で平和的に解決されることを希望」と述べ、「安保条約の運用には慎重に配慮」と加えた。これが「平和的解決」の源流になる。

 大平外相は、いま台湾が中国に属しているとまでは認めていない。日本は日清戦争後に自国領とした台湾を第2次大戦後のサンフランシスコ講和条約で放棄しており、台湾の帰属について語る立場にないとするからだが、一方で「台湾は中国に返還されるべき」とも述べた。根拠は日中共同声明第3項にある「日本はポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持」。第2次大戦で降伏時に受け入れた日米中によるポツダム宣言は、台湾を日本から中国に返させるとした戦中のカイロ宣言の履行を求めている。

 そうした経緯をふまえ、大平外相は台湾問題について「基本的には中国の国内問題」とし、「平和的解決を希望」と語ったのだ。その意味を、当時の外務省条約課長として日中共同声明や大平答弁の作成に関わった故・栗山尚一氏は「平和的解決の結果、台湾が中国に統一されれば、わが国は当然受け入れる」と、2007年の論考で強調している。

 ただ栗山氏は、大平答弁が台湾問題への安保条約適用について「慎重に配慮」としつつ否定しなかった点にも注意を促す。これは「中国が武力で台湾を統一しようとした場合」に備えた留保だと説明。あわせて、田中首相が訪中前にニクソン米大統領との会談で「中国との国交正常化は安保条約と関わりない態様で行う旨を述べ了解を得た」という経緯も記している。

拡大大平正芳外相(左、1973年)と栗山尚一・外務事務次官(右、2005年)=朝日新聞社

 台湾が将来、平和的に統一されたならば認めよう。だが中国が武力による統一に踏み出すなら、日本からの米軍出撃を認めるかもしれない。このように得失を示しての中国への働きかけが、「平和的解決」という言葉には込められているのだ。外務事務次官、駐米大使まで務めた栗山氏のこの理解は政府内で今も共有されていることを、筆者は菅・バイデン声明後の取材で確認した。

 こうした姿勢は米国にも通じる。米国は1979年に中国と国交正常化する一方で台湾関係法を定め、「平和的手段以外で台湾の将来を決する試みは西太平洋の平和と安全への脅威であり、米国の重大関心事」と明記。武力統一を牽制しつつ「平和的解決」を促すというこの大枠は、菅・バイデン声明にも引き継がれている。

 日中間ではどうか。2007年に来日した温家宝首相は国会演説で「台湾問題は平和的解決を目指し最大限努力を尽くすが、台湾独立は絶対容認しない」と語った。同年訪中した福田康夫首相は温氏との共同記者会見で「わが国の立場は共同声明の通りで、台湾独立も支持していない。心から平和的解決を望む」と明言。かみ合っている。

拡大2007年、北京での首脳会談を終えて乾杯する福田首相(左)と温首相=代表撮影

 問題は、「平和的解決」の現実味が薄れる一方の昨今の情勢だ。台湾では1980年代以降に民主化が進み、定着したが、中国は民主化から遠ざかるばかり。平和的統一へのシナリオは容易に描けない。一方、ストックホルム国際平和研究所によれば、中国は過去30年で軍事費を台湾の2倍弱から21倍以上に増やし、武力に頼るハードルは下がったように見える。

 米中関係もまた様変わりだ。正常化へ動いた1970年代には「米中間の武力紛争は考えられない」(田中首相)とされたが、中国の軍拡に対して米国は日本と連携を強め、また台湾と日米の関係は深まり、台湾有事が日本有事に及ぶ可能性も高まった。現在のような中国との統一を望まない台湾の孤立を避けるためにも、日本は台湾問題を「中国の国内問題」と明言することを控えるようになっている。

 だが今回、日米両首脳は台湾問題に言及して中国を牽制しつつ、その「平和的解決」を望むだけでなく「促す」と踏み込んだ。それを言葉だけに終わらせず、今後の対中外交に反映させることが必要になる。中国の東シナ海や南シナ海での強引な勢力拡張や、香港や新疆ウイグル自治区での人権侵害は、台湾の対中警戒感を強めるばかりだ。逆に、中国が国際社会の批判を真摯に受け止めれば台湾との対話の機運も生まれうる。こうした得失を中国に説き続けねばならない。

拡大2020年、台北で「光復香港」(香港を取り戻せ)などの香港民主化運動のスローガンを掲げ、デモ行進する台湾の人たち=朝日新聞社

 菅・バイデン声明には「中国との率直な対話の重要性、利益を共有する分野で協働する必要性を認識した」ともある。こうした努力も伴わねば、逆に中国との間で相互不信が深まる悪循環に陥りかねない。半世紀にわたり米中のはざまで台湾問題の「平和的解決」を掲げてきた日本外交の蓄積が問われている。

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筆者

藤田直央

藤田直央(ふじた・なおたか) 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

1972年生まれ。京都大学法学部卒。朝日新聞で主に政治部に所属。米ハーバード大学客員研究員、那覇総局員、外交・防衛担当キャップなどを経て2019年から現職。著書に北朝鮮問題での『エスカレーション』(岩波書店)、日独で取材した『ナショナリズムを陶冶する』(朝日新聞出版)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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