メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

菅首相はいつ衆院を解散するのか~総裁選の前?後? 高齢者ワクチン接種がカギ

首相が高齢者へのワクチン接種を急ぐ本当の理由とその可能性

大濱﨑卓真 選挙コンサルタント

 いよいよ衆院議員の任期満了まで5カ月となりました。新型コロナウイルス感染症の影響で、実質的に解散権が拘束されているような状況の菅政権ですが、いずれにせよあと数カ月で衆院総選挙を行わなければならなりません。

 当然ながら、解散総選挙の時期を菅義偉総理(解散は総理の専権事項と言われます)がどう選ぶのかに注目が集まります。筆者はこの時期について、高齢者を対象としたコロナワクチン接種の進み具合に大きく依拠すると考えています。どういうことか? 以下で説明します。

「自衛隊大規模接種センター」で、新型コロナウイルスワクチンの接種を受ける高齢者=2021年5月24日、東京・大手町、代表撮影

衆議院解散・総選挙の二つの日程

 衆議院の解散・総選挙の時期については、この春にも、あるいは東京都議選との同日選といった説も一時、取り沙汰されました。春は何ごともなく終わり、都議選と同日もさすがに無理。現時点では東京オリンピック・パラリンピック閉幕後の9月解散が濃厚とされています。

 菅総理は自らの自民党総裁の任期中の総選挙に積極的とも言われています。そこで、9月7日解散・9月21日公示・10月3日投開票という日程が候補として上がっています。

 総裁選を行った後に解散総選挙ということであれば、9月20日に総裁選の投開票が行われた後に、新総裁による首班指名と組閣を経て、9月27日解散・10月12日公示・10月24日投開票という日程が浮かび上がってきます。

 この二つの日程の差は「わずか3週間」です。とはいえ、衆議院の解散・総選挙を自民党総裁選の前にやるか後にやるかという意味で、極めて大きな違いがあります。

菅総理が描く理想の「シナリオ」

 菅総理は、前述の通り、自身の総裁任期中における解散・総選挙に積極的とされますが、そのためにはクリアしなければならない条件があります。選挙のバロメーターとも言われる内閣支持率です。

 現況を見ると、内閣支持率はコロナ感染状況と反比例しています。つまり、感染が増えると支持率が下がり、減ると上がる。全国各地で緊急事態宣言が発令されるなど、感染が高止まりしているなか、内閣支持率は低い水準にとどまっています。

 菅総理としては、国民の人気が高く、党員票を多く獲得する可能性がある河野太郎ワクチン担当大臣が自民党総裁選で優位に立つことも想定し、総裁選前に解散・総選挙を行い、勝敗ラインを自民党過半数などと低めに設定することで、取りあえずの勝利をつかんだうえで、「民意を受けた結果なのだから、総理総裁を変える必要はない」という大義名分を持って、総理総裁としての二期目に突入するシナリオを描いているのではないでしょうか。

 そのためには、内閣支持率を上昇機運に転じたいところですが、そこで効果的と見られるのがワクチンです。そこから、解散風が吹く8月末までには、少なくとも高齢者のワクチン接種がほぼ終わるようにしたという胸算用がでてくるわけですが、それにはどの程度の可能性があるでしょうか。

高齢者接種の進捗は順調か

 ここでワクチン接種の進捗状況を見てみましょう。菅総理や河野担当相の発言からすると、菅政権が現在のところコミットしているのは、「7月末」という時期です。以下にその根拠を示します。

その上で、接種のスケジュールについては、希望する高齢者に、7月末を念頭に各自治体が2回の接種を終えることができるよう、政府を挙げて取り組んでまいります。
(令和3年4月23日 新型コロナウイルス感染症に関する菅内閣総理大臣記者会見)
(問)3600万人の高齢者の2回分の接種を終える時期にお変わりはありますか。
(答)7月末というところです。
(問)一部報道で、7月末に1000以上の自治体が高齢者向けのワクチン接種を終えるという回答があるという報道があるんですけれども、政府としては7月末にどの程度の高齢者向けワクチンの接種終了を見込んでおられるのか。
(答)7月末までに高齢者2回分の接種を終えるというのを念頭に置いております。
(令和3年5月7日 河野内閣府特命担当大臣記者会見要旨)

 上記の言葉からは、国としては7月末までに、高齢者2回分の接種を終えるためのワクチンを供給するが、後は自治体の処理能力に依存するという姿勢も垣間みえます。5月13日に公明党の石井啓一幹事長らが菅総理と会談した際、「9月、10月までかかる自治体がある」と伝えると、首相は「え、そんなに遅れるところあるの!」と驚いたという朝日新聞の報道がありましたが、首相サイドにすれば、東京五輪や総選挙もからみ、なんとか7月末までにという、焦りにも似た気分があるのが正直なところでしょう。

 しかしながら、高齢者接種は当初の想定よりも遅れていると指摘をせざるを得ません。筆者が作成した下記のグラフは、首相官邸が公開している接種記録を棒グラフにして、菅総理の発言にあった「1日100万回接種」を目標値1として緑色ラインに、「高齢者に2回接種=7200万回」を目標値2として黄色ラインで示したものです。

 高齢者接種数は確かに増えていますが、必要な目標に対して依然、大きく届かない状況であることがわかります。5月24日に公表された数字でみても、5月23日までに1回目の接種が終わった高齢者は216万人と、高齢者全体の10%にも届きません。直近7日間の(1回目)接種平均数で単純計算すれば、1回目の接種が終わるのは209日後、ほぼ年末となってしまいます。

 仮に今の2倍の接種ペースを明日から確保できたとしても、1回目の接種が終わるのは104日後、これでも今年の9月5日ということで、東京五輪・パラリンピック閉幕と同じ頃になります。自衛隊による大規模接種センターの開設や、都道府県による大規模接種センターの開設を政府が急いだ最大の理由は、ここにあります。

「自衛隊大規模接種センター」の視察を終え、記者の質問に答える菅義偉首相(右)。左端は岸信夫防衛相、中央は中山泰秀防衛副大臣=2021年5月24日、東京・大手町、代表撮影

ワクチン接種が遅れた理由は

 ワクチンの接種が遅れている理由には様々な事情が挙げられていますが、私は政府が7月末という目標を無理に立てたのが、一番大きな理由だと思います。

 当初、多くの自治体は高齢者の接種完了を「8月末」と見込んでいました。けれども、菅首相は「6月末」という無理筋まで検討し、河野ワクチン担当大臣の説得も聞かずに「7月末」に決定したという経緯があったことを読売新聞が報じています。

 菅首相のほぼ独断で決まった「無理筋の目標」を追いかけることになった各自治体が、医療従事者などのリソース確保を焦ることになったのは明らかです。その結果、自治体ごとにオペレーションにばらつきが出ることになりました。

焦点は東京五輪からワクチン接種へ

 これまで国民が高い関心を示す政治的課題は、東京五輪開催の可否でした。国民の多数が中止、ないしは再延期を求めているにもかかわらず、誰もブレーキを踏む人がいない状態のまま、東京五輪開催へ突き進んでいるのが現状です。

 東京五輪を中止した場合の経済的逸失利益と国民の安全安心を天秤にかけるような事態は、ある意味では「トロッコ問題」的と言えるでしょう(参照:「トロッコ問題」)。

・・・ログインして読む
(残り:約1598文字/本文:約4487文字)