対外関係に向かう危険性――日本再生を託せる理性的指導者の選択を
2021年05月27日
今日の日本には強い不満、フラストレーションがたまっている。コロナ・パンデミックは一万人以上の死者を出し、大きなインパクトをもたらした。それだけではなく、最近になって特に目立ち出しているのは、日本に充満してきた強いフラストレーションだ。
欧米諸国に比べて圧倒的に感染者や死者が少ないことに大方の日本人は日本の強さであると考えた。にもかかわらず、日本は未だ再び高い感染のサイクルにあり、切り札と言われたワクチンの調達・接種が明らかに遅れ、十分な医療資源を有していると思われたのに医療の逼迫も危惧される。
東アジアのコロナ感染防止でも中国、韓国、台湾に後れを取り、経済回復速度に至っては1-3月期で中国の経済成長率は+18.3%、米国は+6.4%に比べ日本は-5.1%と大きく遅れていることへの憤りは強い。これも感染防止と経済のどっちつかずの対策を打ってきた結果ではないか。国家の基本である国民の生命財産を守るという危機管理がおざなりになったのではないか。
さらに追い打ちをかけるように東京オリンピック・パラリンピックの開催問題についてIOCのバッハ会長以下が「非常事態宣言下でも開催」といった断定的な姿勢を日本の組織委や東京都、はたまた政府を差し置き示すことにも、「何故、日本の頭越しに」といった強い反感が生まれだしている。蓄積されているフラストレーションはどこへ向かうのか。
コロナを巡るフラストレーションの高まりは中長期的な視点で見る必要もある。過去30年の日本は「Japan as No.1」と言われ楽観論が支配していた時代から、失われた何十年を経て、実質成長率、労働生産性、公的債務のGDP比といった経済指標のどれをとっても先進国最低レベルとなり、男女平等度や報道の自由度といった政治的指標においても途上国にも劣る状況となってしまった。
本来であれば、このような日本の衰退は失政であるとして批判が政府に向かうはずで、政治の刷新を通じて先進性を高めていくべきであった。ところが、残念ながら、そのような変化は起こらなかった。官僚による忖度や政治指導者による権力の私物化、選挙違反・汚職・説明責任の回避など政治家の質の低下など日本の統治体制は政権が交代していくごとに劣化していった。
不思議なことにそのような現実を見ても強い危機意識を持つ人々も多くはない。現政権の内閣支持率も下がってはいるが、未だ30%以上の支持率を維持している。
これから緊急事態宣言を再延長するのかどうか、ワクチンは政府の期待通り迅速な接種が実現するのか、五輪の開催判断がどうなるのか、秋には自民党総裁選、そして10月までの衆議院総選挙と今後半年は政治的に大変微妙な時期となる。
沈滞した現状へのフラストレーションが総選挙にぶつけられ、国民の選択が行われることになるのか、それだけの危機感を国民が持つことになるだろうか。フラストレーションはどこか他に向かうのか。
それともワクチンの接種がある程度進みコロナが収束に向かいだしたとき、このフラストレーションも消えていく事になるのか。そうなりたくはないが、再び何も変わらず、日本は国力や先進性を低下させていく事になるのか。
実はこれまで、停滞に伴う国内のフラストレーションが外との関係に向けられてきた傾向は否めない。
もし日本に蓄積されている強いフラストレーションが国内的に消化されていかない場合には、これまでのように、それが外に向く危険性を認識しなければならないのではないか。日本が周りの国々と安定的な関係を維持していくためにもまず集中しなければならないのは国力の回復なのだが、国力の回復は長期的な作業なので、むしろ、反北朝鮮に加え嫌中・反中感情や嫌韓・反韓感情が高まりを見せていることを考えると、フラストレーションのはけ口がこれらの国々との関係に向かう可能性は否定できないのではないか。
日本のGDPは2000年にはおよそ中国の4倍、韓国の8倍であったが、2020年には中国は日本の3倍と大きく日本を逆転し、韓国は日本の三分の一まで肉薄してきた。これは日本自身が成長しなかったことの結果ではあるが、歴史的に見ても日本は日清戦争以降中国や韓国との関係で優位性を保ってきたことが、心理的にも大きく変化している。反中・嫌中や反韓・嫌韓の感情は、中国の尖閣諸島に対する攻勢や韓国の約束を反故にする行動があったことだけではなく、優位性を失いつつある現実への焦燥感がある。
それでも中国の場合には、人口は日本の十倍の大国であり、習近平総書記の掲げる「中国の夢」が実現するかどうかは別として、経済力・軍事力のいずれの面でも日本との差は開いていく事は受け入れざるを得まい。
ただ、これからの国際社会は米国と中国の対立を軸として動いていくのだろうし、同盟国として日本は米国と連携して中国にあたるという意味で中国に引け目を感じる必要もない。米国の存在が日本の中国への過剰なナショナリズムの発露を抑えるとともに、中国に対する有効な抑止力として機能していくのだろう。従って反中の感情が必要以上に日中を過剰な対立に追いやる蓋然性は低い。
いまの日韓の関係は危うい。
北朝鮮が核やミサイルの実験で周辺国を脅かす事態は沈静化したが、一方、日韓関係は1965年の関係正常化以降最悪の関係と言われる。韓国が2015年に政府間で合意した慰安婦合意を一方的に廃棄したことや徴用工問題について日本に補償義務を認めた韓国大法院の判決、軍事情報包括保護協定(GSOMIA)からの離脱意図表明、そして日本側の対韓輸出管理規制の強化などの措置を巡り、日韓の政府間関係が冷却化してしまった。
従来であれば日韓関係は単に重要な二国間の政治経済関係というだけではなく、民主主義国としての協調や北朝鮮問題についての日米韓の協調といった面で双方にとって最も重要な関係の一つであった。これまでであれば、そのような重要な関係を長く停滞させておくわけにはいかないとして双方で関係修復の動きが始まるのを常としてきたが、今回はそうは見えない。双方の政府間の信頼関係は殆ど消滅したのではないかと思われるほど冷たい関係となっている。
日本側は革新的傾向を強く持つ86世代(80年代の民主化運動に携わった60年代生まれの年代)に支えられた文在寅大統領の反日傾向を見るし、韓国側は安倍政権の保守的な体質を嫌ったのかもしれない。
しかしその根底には韓国側には最早日本に頼る必要はない、安全保障は米国に依存し、経済は中国とのパートナーシップがより重要だという計算がある。
そして日本側にあるのは、過去の歴史問題などを背景に韓国側に遠慮をしてきたが、国力が変化した今、そのような遠慮をする必要はないという意識が働くようになった。そして日本側も「目には目を」的行動をとるようになった。輸出管理の強化はその一例だと思うし、日本の外務大臣が着任して久しい韓国の大使に会わないという態度をとるところにも表れているのではないか。
もし政府が「目には目を、「不条理には不条理を」といった態度をとっていくのならば、韓国に存在する反日ナショナリズム、日本に根強く存在してきた反韓ナショナリズムに容易に火が付く。韓国の政治に影響力を行使することは出来ないし、韓国は自らの道を選んでいくということだろうが、日本の行動如何によって韓国の行動も変わる。
日韓関係にとって特筆すべきなのは、若い人を中心とした相手国の文化・芸能に対する絶大な支持があることだ。長い目で見ればこのような若い人々の双方に対する好意的な感じ方が国家間の関係に影響を与えていくとも思われるが、文化・芸能・スポーツといったソフト面が、直ちに政府間の不信の連鎖や国民の間に存在する根強い反日感情、反韓感情を乗り越える力になるとも考えられない。
やはり最も重要であるのは政治指導者が国益にとって日韓関係をどういう位置づけにするのか、重要な位置づけとするなら、関係を改善するためにどういう態度をとるのか、というところに帰着するのだろう。マインドをリセットしなければならない。
私はやはり日韓関係に存在した長い負の遺産を全く捨象する訳にいかないと思う。
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