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政府とIOCは、国民が納得できる五輪開催案示せ~できないなら中止しかない

しかし中止の壁は高い。それを乗り越える「国民運動」は起こるのか

登 誠一郎 社団法人 安保政策研究会理事、元内閣外政審議室長

五輪憲章にみる原則。「世界平和への貢献」と「アスリート・ファースト」

 オリンピックの目的と意義は、憲章冒頭の「オリンピズムの根本原則」の中に明確に示されている。第一は、「オリンピズムの目的は、人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進を目指すために、人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てることである」(第2項)。第二は、「スポーツをすることは人権の一つである。すべての個人は……オリンピック精神に基づき、スポーツをする機会を与えられなければならない」(第5項)ことである。(2020年版の憲章)

拡大国際オリンピック委員会(IOC)本部=2019年6月21日、スイス・ローザンヌ
 第一の原則は、オリンピックは世界平和の推進に貢献しなければならないという理想であり、極めて尊いものであるが、それを実現するためには、人と人の交流が大前提である。

 しかしながら、コロナの感染が収束しておらず、さらなる感染の危険も大きい状態では、選手同士の交流でさえ活発には行い難い状況である。ましてや、現在の見通しでは、日本国内ではオリンピックが開始される7月23日の時点では、医療従事者及び高齢者以外のワクチン接種がほとんど進展していない状態であり、選手及び来日する関係者と日本国民との交流は望むべくもない。

 当初予定されていた各国チームの国内各地における事前キャンプの多くがキャンセルされてしまったことは、これを象徴するものである。さらに海外からの観客受け入れ中止を早々と決定したことは、市民レベルの交流を事実上ゼロにすることである。これではオリンピックの開催を世界平和の推進に役立たせるといっても、その理想が全くの画餅に終わってしまう。

 第二の原則は、IOCの幹部がよく口にする「アスリート・ファースト」であり、これも重要な原則であって、最大限尊重されなければならない。逆に言えば、コロナ禍の緊急事態の下においては、アスリートの活動とは関係の薄い諸行事、例えば、聖火リレー、開会式、閉会式などは大幅に簡素化してもこの原則は順守されるということである。また、アスリート以外の関係者の入国を極力制限することとしても、何らオリンピック憲章の精神に反することにはならない。

 東京五輪を今夏に開催できるか否かの判断基準は、コロナ禍の状況が、この二つの原則にいかなる影響を与えるかである。

拡大国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長と菅義偉首相=2020年11月16日、首相官邸

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筆者

登 誠一郎

登 誠一郎(のぼる・せいいちろう) 社団法人 安保政策研究会理事、元内閣外政審議室長

兵庫県出身。東京大学法学部卒業後、外務省入省(1965)、駐米公使(1990)、ロサンジェルス総領事(1994)、外務省中近東アフリカ局長(1996)、内閣外政審議室長(1998)、ジュネーブ軍縮大使(2000)、OECD大使(2002)を歴任後、2005年に退官。以後、インバウンド分野にて活動。日本政府観光局理事を経て、現在、日本コングレス・コンベンション・ビューロー副会長、安保政策研究会理事。外交問題および観光分野に関して、朝日新聞「私の視点」、毎日新聞「発言」その他複数のメディアに掲載された論評多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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