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強制着陸事件への制裁でベラルーシ大統領はどうなるか

ルカシェンコの窮地に手をさしのべるプーチンの狙いは

塩原俊彦 高知大学准教授

 2021年5月23日、ベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコ大統領は自ら指揮をとり、ギリシャのアテネからリトアニアのヴィリニュスに向かっていた格安航空会社(LCC)最大手ライアンエアーの旅客機を首都ミンスクに強制着陸させた。ベラルーシの国営通信会社が伝えたもので、爆破予告に対応した迅速な対応であったと誇らしげに報じている。だが、戦闘機ミグ29を出動させて、ほとんど国境を越えそうになっていた航空機を強制的にミンスクまで「連行」した事実はふれられていない。

 本当は、搭乗していた反政府活動家でジャーナリストのロマン・プロタセヴィッチとその恋人を拘束する口実として、爆破予告がでっち上げられた可能性が高い。なぜならミンスクの空港に向かうよりも、ヴィリニュスの空港に着陸したほうがずっと早く爆弾に対応できたからである。加えて、ベラルーシ当局が引用した機内での爆弾予告を含む電子メールは、この飛行機がミンスクに迂回させられ後に送信されたものであるとわかった。

拡大ミンスクに強制着陸させられた後、ヴィリニュスに到着したライアンエアー機4978便=2021年5月23日、ヴィリニュス(リトアニア) Renatas Repcinskas / Shutterstock.com

大物反政府活動家を狙い撃ち

 プロタセヴィッチは、2020年8月の大統領選後、検閲のない唯一のコミュニケーション手段の一つとして残されていたソーシャルネットワークのテレグラム(Telegram)を使って、ルカシェンコの当選に抗議する活動を報道したテレグラム・チャンネル「ネクスタ」(NEXTA)の共同設立者の一人だった(2020年9月、このプロジェクトから離脱)。現在はテレグラム・チャンネル「ベラルーシ・オブ・ザ・ブレイン」の編集者を務めている。ベラルーシ当局による残虐行為を暴露したことで、彼はテロ活動に関与したとされる個人リストに収載されていた。

 2020年11月、ベラルーシの調査委員会は、共和国の刑法の3つの条文に基づいて、彼に対する刑事訴訟を発表している。第293条1項(集団暴動の組織化、5年以上15年以下の懲役)、第342条(公共秩序を著しく侵害する集団行動の組織化、3年以下の懲役)、第3部第130条(職業上の所属を理由に社会的憎悪を煽ることを目的とした意図的な行為の実行、5年以上12年以下の懲役)。刑法第72条の累積的犯罪の処罰によると、プロタセヴィッチは最大で20年の懲役刑を受ける可能性がある、とロシアの有力報道機関ヴェードモスチは伝えている。

 今回の事件は、リトアニアやポーランドに亡命しているベラルーシの反政府活動家に対して、ベラルーシが空の上でも拘束に動くことを示したことになる。

珍しくない強制着陸

 もちろん、ルカシェンコが反政府活動家を逮捕するために、領空を通過する民間航空機を強制着陸させたとすれば、それは国際航空の基本原則を定めた1944年のシカゴ条約に違反した可能性が高い。

 とはいえ、領空権については、その国際法上の位置づけが複雑であり、ルカシェンコは「テロ防止」という名目があれば、「強行突破」可能と踏んだのかもしれない。なお、拙稿「サイバー空間と国家主権」において、領空権については下記のように説明しておいた。

 「1919年のパリ条約では、領土の上空に対する国家主権が完全な形で認められたが、これは第一次大戦前の原則を確認したにすぎない。締約国による上空通行の自由が当該国の許可を前提に認められた。ただし、戦争目的で通行することは禁止された。その後も、イベロ・アメリカ条約(1926年)、 パン・アメリカ条約(1928年)などの条約が締結される一方で、民間航空機の安全確保のための航空法専門家国際技術委員会によるルールづくりが進んだ。パリ条約は1944年に署名された、国際民間航空を実現させる法制度であるシカゴ条約に踏襲されたが、戦争目的などのない自由な通行権については認められず、この議論は国際民間航空機関(ICAO)に委ねられた。加えて、シカゴ条約は、航空機が国家に登録し、運航許可を必要とすることとし、各締結国は軍事上の必要または公共の安全のため、一定の区域の上空の飛行を一律に禁止する、あるいは制限することもできるとされた。」

 こうした強制着陸が決して珍しい出来事ではないことも、今回の暴挙につながっているのかもしれない。たとえば、2010年にイランの情報機関は、アラブ首長国連邦(UAE)からキルギスへとイラン領空を飛行していた航空機を強制着陸させて、革命防衛隊の上級司令官5人を含む数多くのイラン人が死亡した爆弾テロの責任者を逮捕したという説がある(ガーディアン電子版を参照)。

 2013年には、ボリビアのエボ・モラレス大統領の飛行機がモスクワから自国に向かう途中、オーストリアで強制着陸されられたという事件が起きた。米国の情報機関の機密を暴露し、ロシアに滞在していたエドワード・スノーデンが搭乗していた疑いがあったための措置であった(ワシントン・ポスト電子版を参照)。スノーデンは搭乗していなかったため、大統領は無事に帰国した。このような暴挙を米国政府が裏でやらせていた可能性がある以上、今回のルカシェンコのやり口を少なくとも米国政府が非難する資格があるとは思えない。

 2016年10月21日には、ウクライナのキエフからベラルーシのミンスクに向かっていたベラルーシ国営の航空会社ベルアヴィアのボーイング737-800機がベラルーシ空域直前でキエフに強制的に帰還させられたという事件も起きた(タス通信を参照)。同機には、ウクライナ政府に反対する活動家が搭乗しており、ウクライナ保安局(SBU)は彼を降ろし、データ記憶装置を探した。しかし、見つからないまま、彼は釈放された。

 あるいは、「ウクライナの複数のメディアやロシア連邦保安局によると、ウクライナの治安当局は、ロシアの民間軍事会社「ワグナー」の従業員33人を逮捕するために、2020年7月にミンスクとイスタンブールを結ぶトルコ航空の便を自国内に着陸させる計画を立てていたが、ベラルーシで逮捕されたため、作戦が頓挫した」という情報もある(ヴェードモスチ電子版を参照)。

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筆者

塩原俊彦

塩原俊彦(しおばら・としひこ) 高知大学准教授

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士(北海道大学)。元朝日新聞モスクワ特派員。著書に、『ロシアの軍需産業』(岩波書店)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(同)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局)、『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)、『ウクライナ2.0』(同)、『官僚の世界史』(同)、『探求・インターネット社会』(丸善)、『ビジネス・エシックス』(講談社)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた』(ポプラ社)、『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)、The Anti-Corruption Polices(Maruzen Planet)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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