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「国民政党か、安倍私党か」 LGBT理解増進法をめぐる自民党内の攻防

左右の固定観念を攪乱する、つながりと切断の無数の連鎖反応

木下ちがや 政治学者

 ある出来事に直面したときに戸惑いを覚え、判断留保に陥るのは、われわれが普段所与のものとしている価値観からは推し量れない事態に直面した時だ。

 例えば政治においては「右翼」「左翼」「保守」「リベラル」といった記号は政治を分割し、分割されているがゆえに競合が生じ、競合するがゆえにそれぞれの記号に観念が固定される。「あれは右翼だ」「あれは左翼だ」という固定観念は、政治が大きく再編されていく過程においては攪乱され、敵が味方に、味方が敵に転じ、つながりと切断の無数の連鎖反応が新たな支配と被支配を構成していく。

 2021年5月から6月にかけての日本政治においてはこの連鎖反応が生じており、それは昨年まで続いた長期政権の支配ブロックからの脱却の力学に裏付けられ、具体的には「LGBT理解増進法」をめぐる攻防にあらわれている。与野党が合意した議員立法であり、通常ならばすんなりと成立するはずのこの法案は、いまさまざまな力と思惑によって翻弄されている。

菅政権誕生で一変した法案の取り扱い

拡大LGBT理解増進法案を議論する自民党の会合で、あいさつする特命委の稲田朋美委員長(中央)。背後には「Liberal Democratic Party」という自民党の英語名が掲げられている=2021年5月24日、東京都千代田区

 この「性的志向・性自認の多様性に関する国民の理解の増進に関する法案(以下、LGBT理解増進法案)の策定経緯については、特命委員会の事務局長を務めた自由民主党橋本岳議員が詳しく説明している(注1)。同法案を扱う特命委員会が発足したのは2016年であり、同じくマイノリティの権利増進をうたった「ヘイトスピーチ解消法」の施行と同じ年であった。

 こうしたマイノリティの権利増進関連法の制定に与党側が動いたのは、当事者らの要請のみならず、2020年に予定されていた東京オリンピックにむけ、国際社会にマイノリティの権利に配慮していることをアピールする意図があったと思われる。

 ところが橋本によれば、「法務省、内閣府、文部科学省などと粘り強く交渉を続けましたが、どの省も『協力はするが自分が主管する政策ではない』といういわゆる消極的権限争いを展開し、いたずらに貴重な時間を浪費」してしまった。安倍政権はこの法案の扱いに消極的で、政権に忖度する省庁が扱うはずもなく、この法案は予定されていた2020年の東京五輪に間に合うことなくフェイドアウトしようとしていた。

 それが菅政権が誕生してから、風向きが一変した。今年3月に加藤勝信官房長官が法案成立後の担当大臣は坂本哲志内閣府特命担当大臣とすることを決定。法案の検討は一気に加速し、4月26日に特命委員会は「性的指向及び性同一性の多様性に関する国民の理解の増進に関する法律案(仮称)要綱」を示して野党との協議に入ることを了承、ここから超党派のLGBTに関する課題を考える議員連盟(馳浩会長)に移され、自民党稲田朋美議員と立憲民主党西村智奈美議員が与野党間の調整を一任され、5月14日に取りまとめ案が超党派の法案として了承され、各党の党内手続きに付されることとなったのである。

 菅政権下で電撃的に日の目を見ることになったLGBT理解増進法案は、LGBT当事者たちの長年にわたる粘り強い要請の成果として、同時に政権側としては2021年東京オリンピックにおいて国際社会に、総選挙において国民にアピールする手段として、すんなりと成立するはずであった。しかしながら、ある出来事をきっかけに、法案は漂流していくことになる。

(注1)橋本岳「自民党における性的指向・性自認の多様性に関する議論の経緯と法案の内容について」

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筆者

木下ちがや

木下ちがや(きのした・ちがや) 政治学者

1971年徳島県生まれ。一橋大学社会学研究科博士課程単位取得退学。博士(社会学)。現在、工学院大学非常勤講師、明治学院大学国際平和研究所研究員。著書に『「社会を変えよう」といわれたら」(大月書店)、『ポピュリズムと「民意」の政治学』(大月書店)、『国家と治安』(青土社)、訳書にD.グレーバー『デモクラシー・プロジェクト』(航思社)、N.チョムスキー『チョムスキーの「アナキズム論」』(明石書店)ほか。

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