与党が衆院採決強行した法案は立法事実なし。安保を口実に政府の恣意的運用許す
2021年06月02日
みなさんは、自宅や自分の会社などの状況について、密かに誰かから調べられることを想像したことはありますか? あるいは、周囲の人がそうした情報をみなさんの許しも得ないで誰かに教えることを想像したことはありますか?
そんなジョージ・オーウェルが描いたビッグブラザー的な話、映画や小説のなかのことでしょって思ってはいませんか?
それが近々現実のものになるかもしれません。そうした法案がいま国会(第204国会)で審議されています。
法案の名前は、「重要施設周辺及び国境離島等における土地等の利用状況の調査及び利用の規制等に関する法律案」というすごく長いものです(法案の全文はこちらから確認することができます)。
法案は、3月26日に閣議決定され国会に提出され、5月11日に衆議院において審議入りしました。法案は内閣委員会に付託されましたが、内閣委員会での審議は、同月19日に小此木八郎担当大臣の趣旨説明があったほか、同月21日と同月26日に各5時間、同月28日に2時間30分の質疑があった後、一部野党が継続審議を求めるなか、自民、公明両党が採決を強行し、委員長が職権で採決に踏み切り、自民、公明、維新、国民民主の賛成多数で可決されました。委員会質疑はわずかに12時間30分でした。6月1日には、衆議院本会議で採決され、やはり賛成多数で可決されました。6月4日には参議院に送付されます。
12時間30分という質疑時間は、こうした懸念も示されているなかでの審議としてはあまりにも短いものでした。野党は、参考人質疑や、他の関連する委員会との連合審査などを求めていましたが、与党はこうした求めに応じることはありませんでした。法案の提出にあたって、パブリックコメントのような形で一般から意見を聴取することもありませんでした。
本稿では、衆議院での審議をふまえて、同法案の問題点について、さらに考えたいと思います。なお、国会での審議をできるだけ丁寧にご紹介したいことから、引用が長くなっています。そのため、やや読みづらいかもしれませんがご了承ください。
まずは、私の法案に対する立場を明確にしておきたいと思います。法案をめぐっては、私は、少なくとも以下の点が問題だと考えています。
①法整備を必要とする合理的な事情がない(立法事実がない)
②区域指定に限定がなく、また指定にあたって国会が関与せず、第三者機関が内閣総理大臣の判断を覆せる手段もない
③調査内容や調査手法に限定がなく、調査対象者の限定もないなか、プライバシーや思想信条に立ち入る調査がなされ、それらの情報が行政機関をまたいで共有されるおそれがある
④罰則が予定されているが、規制の鍵概念が「機能」という抽象的な文言にかからしめられており、規制対象の特定が包括的に政府に委ねられていることから、憲法上保障された集会の自由などを行使している者に対しても適用されるおそれがあり、それを抑止する制度的な担保がない
⑤法整備を必要とする人たちの発想や動機が、日本国憲法の平和主義に反するものであるとともに、日本国憲法が前提とする個人主義の価値観と相容れない
以上のような法案をめぐる私の懸念は、衆議院での審議を通じて払拭されるどころか、ますます深刻化し、拡大しています。順を追ってみていきたいと思います。
1つめ。今回の法案については、法整備を必要とする合理的な事情(立法事実)がないということを指摘していましたが、衆議院での審議を通じて、立法事実がないことがますます明らかになってきました。
防衛省は、従来から、「現時点で、防衛施設周辺の土地の所有によって自衛隊の運用等に支障が起きているということは確認をされていない」(2020年2月25日、衆院予算委員会第8分科会)と答弁しており、今回の法案の審議でも、「隣接地調査の結果として、防衛施設周辺における土地の所有等により自衛隊や米軍の運用等に具体的に支障が生じるような事態は確認できておりません」との答弁を繰り返しました。
こうした答弁もふまえ、野党議員からは立法事実があるのかという質問が次々となされました。5月21日の質疑において、小此木担当大臣は、「リスクが確かなものかどうかをしっかりと調査をするということが一つの大きな目的となっております」と答弁し、5月26日の質疑では、立法事実を探していく法案なのかとの質問に対し、「探していかなければならないという意味も含めて、何があるか分からないことについて調査をしっかりと進めていかなきゃならないということであります」と答えました。
2つめ。区域指定の対象として、法案では自衛隊や米軍とならんで、生活関連施設が規定されていますが、想定される対象として、これまでは原発と軍民共用空港が挙げられていました。ただ、条文上は生活関連施設として何が対象となるのかについては政令で定めるとしており、特段の限定がないことから、審議では原発と軍民共用空港のほかに想定されているものがないのかが議論となりました。
この点、国民保護法施行令においては、生活関連施設として、発電所や水道用水の取水場、駅、放送局などを定めていることから、施行令との異同が質されることになりました。これに対し、政府側は、「現時点では、鉄道施設あるいは放送局などのインフラ施設につきましては生活関連施設として政令で定めることは想定してございません。ただし、どのような施設を生活関連施設として本案の対象とするかにつきましては、この先の国際情勢の変化あるいは技術の進歩等に応じ、柔軟かつ迅速に検討を続けていく必要がある。その結果として、将来的にそれらの施設を生活関連施設として政令で定めることはあり得る」と述べ、将来的には原発と軍民共用空港以外の施設にも拡大させる可能性を認めました。
政令は、国会の関与を経ないで政府が定めることができますが、政令次第では、日本全土どこでもが調査対象となりうることを、政府自身が認めたことになります。
また、生活関連施設の対象が限定されていないことに加えて、政府は、自衛隊や米軍、海上保安庁の施設について、特別注視区域や注視区域の要件に該当する施設リストを公表することも拒否しました。
政府側は、「リストを公表した場合、防衛省が特に守りたい自衛隊の施設の数や配置が総体的に把握され、自衛隊の能力をより容易に推察することが可能になる。また、自衛隊の各施設の役割とその重要性は安全保障環境の変化に応じ変わり得ることから、防衛省が全国で特に守りたい重要な施設の現時点の配置を示せば、我が国の防衛戦略構想の一端を示すことにもなりかねない。これらの安全保障上の懸念を踏まえ、現時点の自衛隊施設の注視区域及び特別注視区域の候補リストを公にすることは差し控えさせていただきたい」と述べ、自衛隊の能力や防衛戦略構想が推知されることを拒否の理由に挙げましたが、区域指定された場合には官報で公示されることになっており、こうした答弁は詭弁としかいいようがありません。
内閣委員会の理事会にはリストをもとに施設を例示したペーパーが配布されたとのことで、それらによれば、防衛施設関係としては、注視区域が400か所以上、特別注視区域は100か所以上が法定要件を充たすとされており、特別注視区域についていえば、指揮中枢機能または司令部機能を有する施設として市ケ谷、朝霞、横須賀、横田など、警戒監視、情報機能を有する施設として与那国、対馬、稚内など、防空機能を有する施設として八雲、霞ケ浦など、離島に所在する施設として奄美、宮古島、硫黄島などがそれぞれ示されていました。
対象となる施設は、首都圏はじめ、北海道から沖縄にまで及ぶもので、影響を受ける人々は数百万人規模になると予想されます。リストを公表しなかったのは、公表によって影響を及ぼす範囲が明らかになることによって、法案に反対する声が大きくなるのをおそれたのではないかと私は考えています。
なお、特別注視区域に指定されると、重要事項説明の対象になるとされており、宅地建物取引士は売買契約にあたって説明を行うことが義務づけられます(注視区域については、今後検討する予定)。また、不動産価値の下落などの影響も考えられますが、政府は価値下落について補償する考えはないと明言しています。
多くの人に影響が出る法案であるにもかかわらず、国民的議論となっていないなか、このように国民が知らないまま、国民に知らせないままでの審議が続いている状況は、適切だとは思えません。
3つめです。利用実態の調査方法についてですが、審議では、政府は、「不動産登記簿等の公簿の収集による氏名、住所、国籍など、土地等の利用者等の把握だけでなく、現地・現況調査や報告徴収を通じた土地等の利用実態の把握、特別注視区域における事前届出制度を通じた土地等の買手の利用目的の把握などを行う」と答弁し、あわせて、「重要施設を所管又は運営する関係省庁、事業者や地域住民の方々から機能阻害行為に関する情報を提供いただく仕組みも今後検討する」としました。
政府は、これを「土地利用状況調査の一環」としていますが、まるで「密告」を推奨するような手法であり、調査について定める法案第6条の範囲を超えるものといわざるをえません。
また、調査によって得られた情報については、「内閣総理大臣は、目的を達成するために必要があると判断させていただきました場合には、本法案に基づき収集した土地等の利用者等に関する情報について、関係行政機関等の協力を得つつ、所要の分析を行うこともあり得る」とし、個人情報が内閣府以外の行政機関との間で共有される可能性があることも明らかにしています。
調査にあたっては、内閣府には沖縄を除いて地方支分部局がないことから、他の機関などに外部委託することも想定されており、個人情報保護の観点からも懸念が存するところです。
4つめ。機能を阻害する行為がいったい何を指すのかという点についても、政府は、「安全保障をめぐる内外情勢や施設の特性等に応じて様々な対応が想定されることから、どのような行為が機能阻害行為に当たるかを一概に申し上げることは困難でございます」としたうえで、「予見可能性の確保をするという観点から、想定される機能阻害行為につきましては、閣議決定させていただきます基本方針において可能な限り具体的に例示する」との答弁に終始し、何が機能を阻害する行為なのかについて具体的に特定することを拒否し続けました。
基地建設反対や基地監視活動など憲法上保障された活動にも適用されるのではないかとの問題意識からの質問も多くなされました。
たとえば、いかなる行為が処罰対象となるのか、その判断基準が条文から読み取れなければならないという、明確性に関する最高裁判決なども示しながら、この法案では判断基準が読み取れないので、明確性が確保されないのではないかという質問もなされました。
これに対し、担当大臣は、「命令を行う前に勧告をすることになっております。この勧告を行う際に、土地等の利用者に対して、どの行為が機能阻害行為に該当しているのか、これは明示的に示されることになります」と答える始末で、勧告されるまではわからないということが明らかになりました。
結局、基地建設反対や基地監視などの活動、原発再稼働反対の活動などに今回の法案が適用されることがないのかという点については、単なる座り込みを続けている場合には適用がないという担当大臣の答弁以上には、明確な答弁はなされていません。
5つめです。この法案は、自衛隊などの施設周辺の土地を外国資本が購入し、それが安全保障上のリスクになるということが法案提出の理由とされています。
一方で、政府はこの間、インバウンド政策を推進しており、外国人の観光目的での来日などを積極的に進めてきました。また、政府はIR政策も推進しており、カジノを備えた統合型リゾートの建設などを目指しているところでもあります。
そうであれば、当然、外国資本の流入も予定されるところであり、しかも北海道も長崎県も特定複合観光施設の区域整備に積極的な自治体で、航空自衛隊千歳基地周辺の外国資本による土地購入の事例も、苫小牧市がIR導入に積極的であることから、それを見越して香港資本がIR関連目的で購入したのではないかと考えられるところです(購入されたのは苫小牧市がIR施設の整備を予定している土地の隣接地です)。
政府が、一方でこうした政策を推進しておきながら、自衛隊などの施設周辺の土地の購入について、それが外国資本によるものだからということで直ちに安全保障上のリスクだとするのは、矛盾であり、端的にいってご都合主義としかいいようがありません。
当時の私が最も懸念していたのは、2010年2月26日に公布され、7月1日に施行された中国の『国防動員法』でした。
『国防動員法』は、第49条で「満18歳から満60歳までの男性公民及び満18歳から満55歳までの女性公民は、国防勤務を担わなければならない」とし、第26条では「必要な予備役要員を確保する」としていました。
外国在住の中国人も免除対象とはしておらず、国防勤務の対象者です。
また、企業経営者には予備役出身者が多いと聞いており、仮に日中間に軍事的対立が起きた場合には、中国資本系企業の日本事務所も中国の国防拠点となり得ますし、莫大な数の在日中国人が国防勤務に就くことになる可能性があります。
「仮に日中間に軍事的対立が起きた場合には……、莫大な数の在日中国人が国防勤務に就くことになる可能性があります」というのは、具体的には何を意味するのでしょうか。国内で中国人の人が蜂起でもするというのでしょうか。
日中間での軍事的対立が生じないようにし、対立関係を調整するのが議員の仕事の一つだと思いますが、それ以上に、「在日中国人が国防勤務に就くことになる可能性」を何の恥ずかしげもなく記述していることに驚きました。これはもはや妄想の類であり、「脳内リスク」としかいいようがないと思います。
ご本人が勝手に妄想されるのは自由ですが、「脳内リスク」で法律を作るのは言語道断です。しかも、多くの市民の私権を制限する法律であればなおさらです。
こうした発想は、行為ではなく属性に着目するものですが、とくに国籍などの大括りの属性で評価する点で問題です。個人主義を基底とする日本国憲法とも相容れないものですし、特定の人々をその属性ゆえに潜在的な脅威ないし敵だとする発想でもあります。今回の法案は、そうした発想をいわば公認することにもつながりかねません。極めて問題です。
内閣委員会での審議で、沖縄県選出の赤嶺政賢議員は、「基地からの被害を受けている人たちは、基地機能の阻害の加害者の対象になる前に基地からの被害者だ」、「基地からの被害者が加害者として監視される、そういう性格を持った法律になっている」、「何よりも基地周辺の住民が、基地からの加害に対して反対の感情を増していく、こんなことで安全保障なんて存立できませんよ」と述べました。
加害者と被害者の転倒、守るべきものの優先順位の転倒がここには如実に示されていると思います。
諸外国でも同様の規制はあるからとして、法案のような規制を当然視する声もあるところです。確かに、アメリカやオーストラリア、韓国などでは規制する法律がありますが、こうした国々は、集団的自衛権に基づき、歴史的に戦闘行為を行ってきた国々だという事情が一つにはあります。日本とは置かれている状況が同じではなく、外国にもあるからと単純に比較するのは適切ではありません。また、規制の内容や手続も今回の法案とは異なっていますし、そうした点でも単純に今回の法案を導入する根拠となるものでもありません。
なにより、そうした規制が必要とされるのは、周囲との関係で脅威を有し、あるいは相手にとって脅威となっているからに他なりません。そうであるなら、必要なのは双方にとって脅威となる条件や環境を改善していく努力なのであり、それこそが日本国憲法の示す方向性のはずです。
法案は、こうした考え方に真っ向から対立するものであり、「平時の有事化」を進めるものでしかありません。
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