矛盾深まる土地規制法案――数百万人の私権制限の恐れ。入管法に続き廃案しかない
与党が衆院採決強行した法案は立法事実なし。安保を口実に政府の恣意的運用許す
馬奈木厳太郎 弁護士
2.山積する法案への懸念、衆院審議でますます拡大
まずは、私の法案に対する立場を明確にしておきたいと思います。法案をめぐっては、私は、少なくとも以下の点が問題だと考えています。
①法整備を必要とする合理的な事情がない(立法事実がない)
②区域指定に限定がなく、また指定にあたって国会が関与せず、第三者機関が内閣総理大臣の判断を覆せる手段もない
③調査内容や調査手法に限定がなく、調査対象者の限定もないなか、プライバシーや思想信条に立ち入る調査がなされ、それらの情報が行政機関をまたいで共有されるおそれがある
④罰則が予定されているが、規制の鍵概念が「機能」という抽象的な文言にかからしめられており、規制対象の特定が包括的に政府に委ねられていることから、憲法上保障された集会の自由などを行使している者に対しても適用されるおそれがあり、それを抑止する制度的な担保がない
⑤法整備を必要とする人たちの発想や動機が、日本国憲法の平和主義に反するものであるとともに、日本国憲法が前提とする個人主義の価値観と相容れない
以上のような法案をめぐる私の懸念は、衆議院での審議を通じて払拭されるどころか、ますます深刻化し、拡大しています。順を追ってみていきたいと思います。
3.「立法事実なし」。国会審議でさらに明確に
1つめ。今回の法案については、法整備を必要とする合理的な事情(立法事実)がないということを指摘していましたが、衆議院での審議を通じて、立法事実がないことがますます明らかになってきました。

新千歳空港と千歳基地=2019年11月13日、北海道千歳市、朝日新聞社機から
政府は、航空自衛隊千歳基地や海上自衛隊対馬防衛隊周辺の外国資本による土地購入の事例を挙げ、安全保障上のリスクになる、地元からも不安や懸念の声がある、全国の自治体からも意見書があがっていると説明してきましたが、審議を通じて、航空自衛隊千歳基地の事例は、同法案が予定する施設周辺おおむね1キロの範囲内には含まれていないほか、地元である千歳市や対馬市の市議会からも安全保障上のリスクであるといった趣旨の意見書は採択されていないことが判明しました(意見書を提出したのは、和歌山県議会や熊本県議会など16件)。
安全保障上のリスクは「未確認」。立法事実を探すための法案
防衛省は、従来から、「現時点で、防衛施設周辺の土地の所有によって自衛隊の運用等に支障が起きているということは確認をされていない」(2020年2月25日、衆院予算委員会第8分科会)と答弁しており、今回の法案の審議でも、「隣接地調査の結果として、防衛施設周辺における土地の所有等により自衛隊や米軍の運用等に具体的に支障が生じるような事態は確認できておりません」との答弁を繰り返しました。
こうした答弁もふまえ、野党議員からは立法事実があるのかという質問が次々となされました。5月21日の質疑において、小此木担当大臣は、「リスクが確かなものかどうかをしっかりと調査をするということが一つの大きな目的となっております」と答弁し、5月26日の質疑では、立法事実を探していく法案なのかとの質問に対し、「探していかなければならないという意味も含めて、何があるか分からないことについて調査をしっかりと進めていかなきゃならないということであります」と答えました。

衆院内閣委で、土地規制法案について答弁する小此木八郎・領土問題担当相=2021年5月26日
この答弁には、質問者も、「大臣はすごく正直でいらっしゃいますから、何があるか分からないから調べてみようと」と応ぜざるをえませんでした。安全保障上のリスクなるものの実態がなく、あたかも立法事実を探すための法案であることが明らかになった瞬間でした。