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ポピュリストに狙われる世界の公共放送

強まる圧力 NHKは大丈夫か

塩原俊彦 高知大学准教授

 いま世界で、民衆や大衆といった「マス」への人気取りにたけたポピュリストと呼ばれる政治指導者が、そうした影響力をより強固なものにするために公共放送への攻撃を強めている。この現象は、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領によって一定の効果をあげ、それが中・東欧に伝播し、日本にも波及していると考えられる。

 いずれも、権威主義的な指導者にとって、自らの権威を批判するマスメディアの存在は好ましくないことから、権力奪取後に彼らは自らに批判的なマスメディアをコントロールし、マスの支持を維持・拡大しようとする。その際、公共放送がある場合には、その影響力に注目して、彼らはこれを支配することでマスを手なずけようとする。

 こうしたポピュリスト政治家による戦略は、その国での言論の自由を脅かし、民主主義を危うくする。こうした現象がいま、少しずつ世界中に広がりをみせている。そこで、この問題を論じてみることにした。

主要テレビ局を手中に収めたプーチン

拡大Zhenya Voevodina / Shutterstock.com
 

 プーチンは公共放送を狙い撃ちしたわけではない。最初は自分の政策への厳しい批判を展開するテレビ局に怒り、強烈な脅しを加えたのであった。

 具体的には、2000年5月の大統領就任の1カ月後、プーチンは検察総局に独立テレビ(NTV) のウラジーミル・グシンスキー社長を逮捕させる。そして、彼のNTV株売却と引き換えに釈放するという「荒業」に出たのだ。2000年8月の原子力潜水艦クルスク事故をめぐるプーチンの対応を厳しく批判したロシア公共テレビ(ORT、「公共」といっても、事実上、政商ボリス・ベレゾフスキーが支配)についても、ベレゾフスキーの国外逃亡という混乱のなかで、彼はORT株をプーチンに近い政商、ロマン・アブラモヴィッチに売却せざるをえなくなる(この株は後に、プーチンの盟友ユーリャ・コヴァリチュークが2008年に設立したナショナル・メディア・グループ[NMG]によって買収される)。こうして、プーチンは主要なテレビ局を事実上、手中に収めたことになる。

 その後、政府系報道機関として、ロシア・テレビ・ラジオ放送網を、政府が指導部を任命し、予算へ繰り入れられる利潤額を決め、資産価値の25%を上回る取引を承認するという、連邦国家単独企業と位置づけた。こうして公共放送を牛耳るようになったわけである。

ハンガリーを手本に公共放送を攻撃したポーランド

 2020年3月刊行の盛田常夫著『体制転換の政治経済社会学』によれば、2011年1月1日、オルバン・ヴィクトル首相の与党、フィデス=ハンガリー市民同盟(FIDESZ)は公共放送全体の資産管理を行う組織(MTVA)を設立し、その運営を担う組織(NMHH, 通称メディア評議会)と予算を国会で承認するシステムを構築した。2015年には、MTVAに番組制作機能を与え、他方で、通称ドゥナ・メディアサービスにすべての公共放送(テレビ、ラジオ、通信社)の管理・運営を任せた。

 そのうえで、M1ニュースチェネルという公共放送の中核部分は24時間ニュース番組放送に改変され、FIDESZ政権は露骨に政府に批判的な報道を自粛させるようになる。その結果、M1ニュースチャネルは政府広報チャネルに堕落してしまったと、盛田は指摘している。

 2010年春、ポーランドのレヒ・カチンスキ大統領をはじめとする多数のポーランド高官を乗せた航空機が降下中に墜落し、乗員96人全員が死亡した。彼らは、ソ連がポーランド人約2万2000人を処刑した「カティンの大虐殺」の70周年記念行事に出席するために、ロシアのスモレンスクに向かっていた。その後、カチンスキ大統領の一卵性双生児の兄弟であるヤロスワフ・カチンスキは搭乗していなかったため、兄弟が共同で設立した「法と正義」(PiS)党の議長に就任する。

 ヤロスワフ・カチンスキは自分ではなく、PiS党員であるアンジェイ・ドゥダを2015年5月の選挙で大統領に、同年10月の議会選を経てベアタ・シドゥウォを首相に就けることに成功する。PiS党は両院で過半数の議席を獲得し、連立パートナーなしで議会をコントロールする初めての政党となった。こうして、PiS党はハンガリーを模範としてメディアへの攻撃を開始する。同党は、国有メディアであった公共テレビネットワーク(TVP)の放送局長の雇用と解雇を行政府が行うことを認める法案を可決したのである。

 その結果、TVPは同性愛者の権利に反対するキャンペーンを擁護し、反対派のグダニスク市長を「悪者」扱いするニュースを煽り、2019年1月、市長が過激派に暗殺されてしまった(フォーリン・ポリシーを参照)。

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筆者

塩原俊彦

塩原俊彦(しおばら・としひこ) 高知大学准教授

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士(北海道大学)。元朝日新聞モスクワ特派員。著書に、『ロシアの軍需産業』(岩波書店)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(同)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局)、『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)、『ウクライナ2.0』(同)、『官僚の世界史』(同)、『探求・インターネット社会』(丸善)、『ビジネス・エシックス』(講談社)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた』(ポプラ社)、『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)、The Anti-Corruption Polices(Maruzen Planet)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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