コロナとの戦いでオセロのように形勢逆転したアジアと英米
2021年06月04日
まるでオセロゲームを見ているようだ。形勢が一気に逆転した。
ほんの少し前まで、英米は共に群を抜く感染者数、死者数で、その惨状は目を覆うばかりだった。それに対し日本を含むアジアは、感染を抑え込み新型コロナウイルスの制圧に成功したかのようだった。それが今や英米では、変異株の脅威はあるものの、路上に張り出したレストランで、人々がマスクなしで食事をし、酒を酌み交わす。景気回復が進み、もたつくアジアとの差が開きそうだ。
韓国、台湾、ベトナム等、かつて優等生と称された国々も事態が一変し、かくいう日本も他人事でない。
潮目が変わったのが昨年12月2日。この日、英国でワクチンが承認され直ちに全国規模で接種が始まった。今や、100人当たり接種回数(6月3日現在)で、英国97.7回、米国89.3回と世界の先頭を行く。欧州で遅れが指摘されるドイツでも62.0回、フランスが54.7回だ。これに対しアジアは大きく出遅れ、中国48.8回、インド15.6回、韓国16.5回、日本11.7回、台湾2.1回に止まる。
偏にこのワクチン接種のスピードが形勢を逆転した。ワクチンがゲームチェンジャーなのだ。
ゲームチェンジャーは、オセロの盤上の白黒を一気に塗り替える。戦いの帰趨を決定的に左右するからゲームチェンジャーと呼ばれる。
やや突飛ながら一例を挙げれば、かつて、石油がそうであり、石油の出現は政治、経済、社会から軍事に至るまで全てを一気に変えていった。米国では、この石油資源を握ったスタンダードオイルのロックフェラーがたちまちの内に億万長者に躍り出た。核もまたゲームチェンジャーであったことはいうまでもない。冷戦期を通じ、核の優位を目指し米ソはあくなき軍拡を繰り広げた。
現代に於いて、石油、核に相当するのはデータとそれを生むデジタル技術だ。かつて石油はダイアモンドと言われたが、今や、データがダイアモンドと言われる。かつて米ソは核の覇権を競ったが、新冷戦に於いて、米中が狙うのはデジタル覇権だ。かつての核は現代に於いてデジタルに置き換わった。コロナとの戦いに於いて、このデジタルに相当するのがワクチンに他ならない。
ゲームチェンジャーを見誤ると手痛いしっぺ返しを受ける。新型コロナウイルスが登場した1年余り前、インペリアル・カレッジ・ロンドンが発表した論文は、「ワクチンが開発され人々に行き渡るまでの2,3年間はコロナとの戦いが続く」とした。つまり、ワクチンがゲームチェンジャーだと明言した。
それまでの間、人類が持つコロナとの戦いの武器は、古典的な隔離政策しかない。各地でロックダウンが繰り返されていったが、ロックダウンは経済的痛みを伴う。その痛みに耐えかね経済を再開すれば今度はコロナが襲ってくる。これまで世界はこれを繰り返すしかなかった。
つまり、徹底的にロックダウンをするならいざ知らず、そうでない限り、「緊急事態宣言はもうこれっきりにしてほしい」と言ってもそうはいかない。締め付けを緩めれば、コロナは再び襲いかかってくるのであり、我々ができるのは、緊急事態宣言を出したり引っ込めたりして一時しのぎを繰り返すだけだ。宣言発出を「早めに、広く、厳しめに」すれば少しは効果が上がるが、それが一時しのぎであることに変わりはない。
この、まだるっこしい対応を一気に変えてしまうのがワクチンだ。
結局、英米とアジアとの差は、ワクチンのゲームチェンジャーとしての意味を正しく理解したかどうかだった。元々、欧米には世界のワクチン開発をリードする大手製薬企業が集中しているというアドバンテージがあったとはいえ、やはり何といっても、ワクチンが国民の命を守る最大の武器であると早くから認識し、戦略的に対応してきたことが大きい。
報道で伝えられるところでは、英国では、早い段階で医薬産業に精通した名うての投資家を責任者に任命し、ワクチン情報を組織的に収集、それに基づき大量の資金を投じ、国を挙げての開発を加速していった。これが早期の成果につながった、という。
米国は、トランプ大統領の時、接種が遅々として進まなかったが、バイデン大統領になり一気に接種が加速された。その際なりふり構わず、接種に来た人にポテトチップスや野球の観戦チケットを配っているという。マリファナを配った、との未確認情報もある。何より、接種にあたる者を当初から医者に限定することなく、医学生、看護学生、救急隊員のボランティアで一定の研修を受けた者にも広げ接種を急いでいるという。
日本はようやくここにきて接種にあたる者の枠を医者、看護師から歯科医師等に広げ始めたところだ。
何故アジアが後塵を拝することになったかといえば、アジアで感染が抑えられていたからだ、というのが共通の理解だ。成功したがゆえに失敗の遠因を生んでしまった。
専門家は、アジアで感染者が低く抑えられていたため、アジア諸国(除く、中国)の政府がワクチン開発を急ぐインセンティブを欠いたことが大きい、と指摘する。その他、感染者数が少ないことによる治験者の不足、有力製薬企業の不在による供給不足、承認プロセスの遅滞などが原因として挙げられている。
更には、ワクチン開発は民間がリスクを容易に取ることができない分野であり、政府支援が希薄であることは体制として改善の余地があろう。5月25日、政府協議会はワクチン開発に関し、こういった点の提言を取りまとめた。
インドはピークを過ぎたとの見方もあるが、依然厳しい状況が続いていることは前述の通りだ。それにしても、日米豪印の4か国で構成するクアッドが、インド製ワクチンの輸出促進を合意したのがほんの少し前のことで、今日の混乱は予想もされていなかった。今では輸出どころか、国内使用分も足りない。まさに今昔の感がある。
事態がここまで急変した原因は、3月から4月にかけて行われた地方議会選挙と、4月の世界最大の宗教行事で、1億人以上がガンジス河で沐浴する「クンブ・メーラ」にあった、とされる。インドはコロナを抑え込んだと思い、多人数が集まることへの警戒感を欠いてしまった。丁度そのころインド変異株が出現し、事態を一気に悪化させていく。
たった、と言っては語弊があるが、この3つの要素が重なっただけで、抑え込んだはずのウイルスが猛威を振るい医療体制を壊滅させてしまう。これがコロナの恐ろしさだ。
ウイルスとの戦いで、人類とウイルスは互いに自らが持つ「武器」のレベルを競い合っている。人類にはワクチンという武器があるが、敵(ウイルス)が持つ武器で最も手ごわいのが変異する能力だ。イギリス型、インド型、ブラジル型に加え、最近ではベトナム型も発生し、そのたびに感染力を増している。変異株の恐ろしさはかねてより指摘されている。変異株の出現で事態が一気に変わってしまうからだ。英米だって、今は良くてもこの先どうなるか分からない。
専門家は、インド株等が日本を席巻するのも遠いことでないという。日本ではこれから、10月までに全国で衆議院議員選挙が行われ、オリンピック・パラリンピックが予定される首都東京では7月に都議会議員選挙がある。我々は、インドの選挙が今の深刻な事態の一因になったことを忘れるべきでない。
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