差別やデジタル・ディヴァイドの問題も
2021年5月17日、記者とジェン・サキホワイトハウス報道官との間でつぎのようなやりとりがあったことが知られている。
「質問 別の問題についてですが、マスクのガイダンスについてもう一度。これをきっかけにして、ビジネスで使える、義務ではない、標準的なワクチンパスポートが必要かどうかという新しい議論が始まりましたか。それとも、この決定は州に委ねられているのでしょうか。大統領は前任者が手をこまねいていたことをかなり批判していたと思いますが。
サキ報道官 我々は、連邦政府がその役割を果たすことはなく、民間セクターがその役割を果たすだろうという見解を変えていません。それが民間セクターを促し、行動を我々が適切な位置にあると考える場所へと前に進めることになるでしょう。」
EUが加盟国間の自由な移動を促進する「共通のツール」として標準化された「パスポート」を導入しつつあるのに対して、州の自治が尊重されている米国では、各州や民間企業が独自のシステムを開発しているというのが現状だ。
たとえばニューヨーク州では、全米初の唯一の州政府発行の「ワクチンパスポート」、すなわち「エクセルシオール・パス」(Exelsior Pass)が2021年3月に導入された、とニューヨーク・タイムズ電子版は伝えている。このパスを説明するサイトにアクセスすると、「パスは、COVID-19のワクチン接種または検査結果が陰性であることのデジタル証明を、無料で迅速かつ安全に提示する方法を提供することで、ニューヨークの安全な再開をサポートする」と説明している。この場合の「ワクチンパスポート」はスポーツイベントや美術館などへの入場許可に使われるのが前提となっている。もちろん、パスを印刷して持参することもできる。

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実際の利用方法としては、会場やレストランなどの入り口で、パスをスキャンして認証することで、COVID-19の予防接種や検査を受けているかどうかを確認することができ、同時に、名前と生年月日が記載された写真付きのIDを提示するよう求めることで本人確認もできる。記事では、ニューヨーク州の実績として、5月末で、「約110万枚のエクセルシオール・パスが携帯電話やパソコンにダウンロードされていた」という(完全に予防接種済みなのは約910万人)。
ただし、さまざまな問題が起きている。第一に、ソーシャルメディアに投稿した情報やGoogle検索を利用して、他人の「エクセルシオール・パス」を簡単にダウンロードできる。このパスには、プライバシー保護のため生体情報は含まれていないので、前述したようにIDとの照合による本人確認が必要になる。
第二に、「デジタル・ディヴァイド」という情報格差を広げているという問題もある。高齢のニューヨーカーやインターネットに接続できない人たちの苦労を想像してみてほしい。パスが手に入らない人は、苦情用紙に記入したり、州のホットラインに電話したりすることは可能だが、「ほとんどの場合、ワクチンを接種した団体がデータを修正しなければならず、それは必ずしも容易ではない」という。さらに、このパスは連邦政府の予防接種データにアクセスできないため、退役軍人病院でワクチンを接種した人はこのパスの対象になりえない。
第三に、ワクチン接種者とそうでない者との差別の拡大という大問題もある。記事では、ニューヨーク州にある小さなチョコレート店で、「予防接種を受けた人は屋内に座るようにという看板の写真が拡散された後、ソーシャルメディアに全米からの嫌悪感が殺到した」という。すでに、日本でも、接種者を優遇するサービスを導入することで、ワクチン接種を促進すると同時に、来店増加につなげようとする動きがあるが、これは明らかに「差別」である。
ゆえに、フロリダ州、ジョージア州、アラバマ州などのいくつかの州では、すでにこうした「ワクチンパスポート」の使用が禁止されている。