関山健(せきやま・たかし) 京都大学 大学院総合生存学館准教授
財務省、外務省で政策実務を経験した後、日本、米国、中国の大学院で学び、公益財団等の勤務を経て、2019年4月より現職。博士(国際協力学)、 博士(国際政治学)。主な研究分野は国際政治経済学、国際環境政治学。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
世界のどの地域も直面する可能性がある気候変動を遠因とする安全保障上の脅威
気候変動は経済や社会、安全保障問題にも影響を与える「緊急の国際的な脅威」――。それが気候変動問題への対応を各国の首脳級が話し合うため5月30日・31日に開催された「P4Gソウル首脳会議」の指摘である。
気候変動を遠因とする安全保障上の脅威は、気候安全保障という概念で捉えられる。
「P4Gソウル首脳会議」には、フランスのマクロン大統領、イギリスのジョンソン首相、中国の李克強首相、韓国の文在寅大統領ら各国首脳がビデオメッセージを寄せて危機感を共有したが、日本からは菅首相ではなく小泉進次郎環境相が対応するにとどまった。
日本側の薄い関心とは裏腹に、国際社会では気候安全保障への注目が高まっている。国連安全保障理事会では、2017年から毎年継続的に気候安全保障について議論を重ねており、EUもその共通外交・安全保障政策にかかる文書の中で、気候変動が世界中で多くの紛争の遠因になっているとの認識を示している。
これに対し日本は、つい最近まで気候安全保障あるいは環境安全保障という概念に馴染みが薄いとされてきた。たとえば、1970年度から2020年度までの防衛白書の索引語を調べてみても、気候安全保障あるいは環境安全保障という語は見当たらない。環境白書でも少なくとも2015年度から5年間の目次に、これらの語を見つけることはできない。
やっと今年になって、朝日新聞GLOBEなどの国内メディアが気候安全保障について論評を掲載し始めたが、国際社会の流れからすれば、国内における気候安全保障への理解はまだまだ進んでいない。
そこで本稿では、気候安全保障に関する国内の議論を喚起するべく、このトピックに関する既存研究の知見を概説したい。
気候安全保障という概念は、非常に多義的に用いられている。気候変動そのものを脅威とする見方から、それによって引き起こされる紛争を脅威とする見方まで、実に幅が広い。
また、脅威から守られるべき対象についても、個々の人間、国家や社会、人間を含む生態系全体など、焦点の違いがある。気候安全保障論のうち、守るべき対象として人間に焦点を当てる議論は「人間の安全保障論」に重なるものであり、これまで日本でも議論が蓄積されてきた。一方、日本では、気候変動が引き起こす紛争の脅威から国家や社会を如何にして守るかという類の議論は、これまで十分になされてきたとは言い難い。
筆者が主な関心を寄せるのは、集団間あるいは国家間において、気候変動を遠因に引き起こされる紛争や暴力のリスクである。
そもそも気候変動とは、一般的に、地球規模の平均気温と気象パターンの長期的な変化を指すものである。したがって気候安全保障研究においても、数世紀にわたる気候の変化と紛争発生の傾向との関係を分析したものが見受けられる。
加えて気候変動は、洪水や暴風雨といった自然災害、あるいは極端な気温や降水をもたらす異常気象の頻度と深刻さを増大させると予想される。現代を生きる我々にすれば、むしろ近い将来に自然災害や異常気象が引き金となって生じる紛争のリスクこそ死活問題である。本稿において筆者が、主に自然災害や異常気象と紛争との関係に焦点を当てる理由はそこにある。