関山健(せきやま・たかし) 京都大学 大学院総合生存学館准教授
財務省、外務省で政策実務を経験した後、日本、米国、中国の大学院で学び、公益財団等の勤務を経て、2019年4月より現職。博士(国際協力学)、 博士(国際政治学)。主な研究分野は国際政治経済学、国際環境政治学。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
世界のどの地域も直面する可能性がある気候変動を遠因とする安全保障上の脅威
実は、気候変動と紛争との関係については、まだ不明な部分が多い。たとえば、気候変動が激しい紛争を引き起こすと主張する分析がある一方、気候変動と紛争との相関関係は希薄であるとする研究も少なくない。では、気候変動が紛争を引き起こすとすれば、どのようなメカニズムによるのであろうか?
気候変動は「脅威の乗数」(threat multiplier)だと言われる。すなわち気候変動は、それによる極端な気温や降水量が人や社会にとって直接的な脅威となるだけでなく、他の様々な経路を通じて間接的にも人間社会の平和と繁栄に対する脅威を増幅しうる。
直接的な脅威としては、気候変動が人の心身に作用したり水資源等の不足を招いたりすることで、紛争のリスクを高めることが危惧される。一方、間接的な経路としては、気候変動が食料生産や経済社会生活などに影響を及ぼし、それによって引き起こされる食料価格の上昇や大規模な人の移動などが紛争のリスクを高める可能性が指摘されている。(図参照)
気候変動が紛争を引き起こすメカニズムとして、資源不足の影響は長らく注目されてきた。すなわち、気候変動によって淡水、耕作地、森林、漁業などの資源が不足すると、希少性を増したそうした資源を巡って競争と対立が激しくなるという議論である。
特に開発途上国においては、降雨量の減少や気温の上昇によって水不足が発生すると、限られた水資源を巡って農民と遊牧民が対立したり、都市住民が暴動を起こしたりといった可能性が指摘されている。また、河川や湖などの水を共同利用する国家間、特に上流国と下流国の間では、その水資源をめぐって対立と紛争が生じやすい傾向にあるとされる。
しかし、資源不足による紛争発生という議論は、理論的にも実証的にも少なからぬ批判を受けてきた。たとえば新古典派の経済学者は、効率的な市場が機能してさえいれば、希少資源を保全ないし代替するための投資、技術革新、貿易がなされるとして、希少性は克服しうる問題だと強調する。
ただし、市場は、統治や制度が安定していなければ機能しない。この点、政治生態学者は、不十分な統治、汚職の蔓延(まんえん)、非効率な制度などを、資源不足と紛争とを結びつける重要な要因として指摘する。
実証的にも、資源不足が紛争を引き起こすかどうかは明らかでない。一方では、たとえばスーダンにおけるダルフール紛争初期に、村落間での水の奪い合いが起こり、水資源豊富で植生豊かな村落が破壊や略奪に晒されたという報告がある。中東のパレスチナの紛争でも、水を巡る争いは重要な背景事情として指摘されている。
その一方で、水不足に直面している国家間では、むしろ軍事紛争の可能性が低下するという分析もある。さらに、国際河川などの場合、共同利用する水資源の管理や配分に関する条約や制度がある場合には、水不足がかえって関係国間で協力のインセンティブを高めるという指摘もある。
気候変動による海面上昇、気象条件の変化、水や食料の不足などが深刻化すると、多くの人々が住み慣れた土地を離れざるを得なくなる可能性がある。そうして発生する大量の「環境移民」(environmental immigrants)の流入は、その受け入れ社会にとって重荷となり、先住者との間で争いを招く可能性がある。