主権者の意思が反映されないままでの「強行突破」は、国民主権や市民自治に反する
2021年06月11日
コロナ禍が収まらないままでの東京五輪・パラリンピックの開催は正当か否か。それについては、すでに多くの医療関係者や言論人が見解を述べている。ここでは、その正当性の有無を論ずるのではなく、開催もしくは中止の判断・決定に開催都市の主権者・住民が関与できなかったことの不合理について述べたい。そして論考の「下」では住民投票で五輪開催を拒否したり中止したりした欧米の都市の事例を具体的に紹介する。
新型コロナウイルス対策で、政府は4月下旬より東京、大阪、兵庫、京都の4都府県に3度目となる緊急事態宣言を出し、6月8日時点でそれはまだ続いている。そんな状況において、本年5月15-16日に朝日新聞が全国の人を対象に行なった世論調査のうちオリ・パラ開催に関する3択の設問では、[今年の夏に開催する14%/再び延期する40%/中止する43%]という結果が示された。
朝日新聞以外の報道機関も同様の調査を行なっているが、5月半ばの時点では、いずれの調査でも今夏開催に賛成する国民は少数派となっていた。
にもかかわらず、IOC(国際オリンピック委員会)、東京都、日本政府は7月23日開会の既定路線を変えず、その日に向かって一直線。東京オリ・パラ組織委員会の橋本聖子会長は、国内外のメディアに対して「開催は100%であり、中止・再延期はない」と断言した(6月3日)。
春先ならともかく、開会前月となったこの時点で開催を中止させるのは難しい。開催強行派は、7月23日に近づけば近づくほど開催を受け入れる人は増え、中止せよという声は鎮まると読んでいるのだろう。現に、6月に入ってから行われた最新の世論調査では、開催賛成の人が急増している。
例えば、JNNが6月5~6日に実施した調査では、「開催すべきだ」が44%(「通常通り開催」3%、「無観客で開催」23%、「観客数を制限して開催」18%)。一方、「中止すべきだ」は31%、「延期すべきだ」は24%となっている。
また、読売新聞社が6月4~6日に実施した調査では、「開催する」が50%(無観客26%、観客数制限24%)、「中止する」は48%で、賛否が逆転している。
とはいえ、新型コロナウィルスの感染が拡大したこの1年を通してみれば、今夏開催に首をかしげる人が多かったのはまちがいなく、著名なアスリートや人気芸能人らもネットやテレビで堂々と開催に異議を唱えたし、新聞各社の社説も5月以降旗色を変えるところが増え、開催強行に対して疑問や懸念を投げかける論調となった。(参照:五輪強行に各紙論説の「疑義」「中止」続々〜社論の潮目は変わった)
東京都民など首都圏の人々をはじめ、日本国民は誰もがツイッターやフェイスブックなどで自分の思いや意見を発信する自由もあるし、都庁や官邸に電話やFAXで「開催中止」を求めることもできる。
だが、けっこうな数の人がそれをやったからといって小池知事や菅首相が「開催中止」を口にすることはない。今後、開会までの数週間、都民、国民が何を言おうが何をしようが、オリ・パラは予定通り7月23日に開催されるだろう。
果たして、それでいいのだろうか。開催もしくは中止の判断・決定に主権者の意思がまったく反映されないまま半ば強行突破的に開催するというのは、国民主権や市民自治を損なっているのではないか。
問題は、地域や自治体における極めて重要な案件に関して、その判断・決定に主権者の意思が反映される制度が設けられていないことにある。例えば、大阪市を廃止して特別区を設置するという重大案件は、大阪市長と大阪市議の多数が賛成して可決したあと、大都市法に則り「義務的住民投票」が行われ、大阪市民によって拒まれ否決された(二度にわたり)。
東京でのオリ・パラ開催は大阪市の廃止に匹敵するほどの重大案件なのだから、現在、東京都に住民投票の実施を義務づける法律や条例の規定(※)が存在しなくとも、速やかに必要な条例を制定して住民(都民)投票を行い、主権者・都民に開催の承認を得るべきだったと私は考える。
※鳥取県や広島市、豊中市など93の自治体には、住民が一定数の連署を添えて住民投票の実施を求めれば、必ず住民投票を行う制度としての「実施必至型住民投票条例」が制定されている。なので、もし2020年の開催地に名乗りを上げたのが東京都ではなく広島市であったならば、広島五輪開催の是非を自分たち市民で決めたいと考える人や開催に反対する人たちは、有権者総数の10%以上の連署をもって「開催の是非を問う」住民投票の実施を市長に求めれば、必ず実施された(広島市住民投票条例第5条の規定で、首長・議会に拒否権はない)。
五輪開催がコロナ禍の収束に支障をきたすという理由で今年に入って開催反対者が急増したにもかかわらず、小池知事や127人の都議は、開催の是非を問う住民投票の実施(住民投票条例の制定に基づく)を提案せず、1千万都民の中にもそれを求める直接請求を行なった主権者は一人もいなかった。
「五輪開催の是非を住民投票にかけるなんて…」と思う人がいるかもしれないが、実はIOC自体がオリ・パラを誘致したい各都市は名乗りをあげる前に住民投票で承認を得ておくことを求めているのだ。
現在IOCの副会長で東京五輪調整委員会の委員長を務めているジョン・コーツは、「招致プロセス改革」の検討委員をしていた2019年当時、各都市が招致に名乗りを上げるなら、あとになって反対する住民が多いのでやめますと言うのではなく、ドロップアウトする可能性があるところは「事前に住民投票を行い、住民に了解を得たうえで立候補してほしい」と要請した(2019年6月20日)。
これは、立候補して開催が決定したにもかかわらず、あるいは招致レースの真っただ中にいながら、住民の反対運動の高まりなどにより開催を断念する都市が次々に出てきたからだ。
例えば、アメリカのデンバー、ドイツのハンブルクとミュンヘン、スイスのダボス、シオンやカナダのカルガリー、ポーランドのクラコフなどは反対派が仕掛けた住民発議(イニシアティブ)による住民投票が行われ、いずれも誘致・開催賛成派が敗れた。
またローマでは、いったん招致レースに立候補したものの「財政難での開催は市や国の借金を膨らませ、人々の生活を圧迫する」として、新市長が立候補を取り下げた。(※論考の「下」で詳しく紹介する)
こうしたドロップアウトが次々と起きるようになり、その対策上、IOCは住民投票の実施を求めたわけだが、彼らが東京での五輪開催を決めた2013年9月当時、東京は財政難でもなくあとになって反対する住民が急増することを想定していなかった。
実際、2013年8月に朝日新聞が行なった五輪開催の賛否を問う全国世論調査では、賛成74%、反対17%(東京都では69%対24%)と、開催賛成派が反対派を圧倒していた。
こうした数字を目の当たりにすると、わざわざ住民投票をやって都民に了解を得なくてもいいと考えるのは当然だと思う。
だが、2020年初頭からの新型コロナウィルスの感染拡大で、状況は劇的に変わった。
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