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五輪開催の是非は、住民投票で決すべし!(上)

主権者の意思が反映されないままでの「強行突破」は、国民主権や市民自治に反する

今井 一 ジャーナリスト・[国民投票/住民投票]情報室事務局長

自由に声は上げられるが最終決定に関われない

 東京都民など首都圏の人々をはじめ、日本国民は誰もがツイッターやフェイスブックなどで自分の思いや意見を発信する自由もあるし、都庁や官邸に電話やFAXで「開催中止」を求めることもできる。

 だが、けっこうな数の人がそれをやったからといって小池知事や菅首相が「開催中止」を口にすることはない。今後、開会までの数週間、都民、国民が何を言おうが何をしようが、オリ・パラは予定通り7月23日に開催されるだろう。

 果たして、それでいいのだろうか。開催もしくは中止の判断・決定に主権者の意思がまったく反映されないまま半ば強行突破的に開催するというのは、国民主権や市民自治を損なっているのではないか。

「五輪どころではない」と五輪や聖火リレーへの反対を訴える市民=2021年3月25日、福島県郡山市拡大「五輪どころではない」と五輪や聖火リレーへの反対を訴える市民=2021年3月25日、福島県郡山市

 問題は、地域や自治体における極めて重要な案件に関して、その判断・決定に主権者の意思が反映される制度が設けられていないことにある。例えば、大阪市を廃止して特別区を設置するという重大案件は、大阪市長と大阪市議の多数が賛成して可決したあと、大都市法に則り「義務的住民投票」が行われ、大阪市民によって拒まれ否決された(二度にわたり)。

 東京でのオリ・パラ開催は大阪市の廃止に匹敵するほどの重大案件なのだから、現在、東京都に住民投票の実施を義務づける法律や条例の規定(※)が存在しなくとも、速やかに必要な条例を制定して住民(都民)投票を行い、主権者・都民に開催の承認を得るべきだったと私は考える。

※鳥取県や広島市、豊中市など93の自治体には、住民が一定数の連署を添えて住民投票の実施を求めれば、必ず住民投票を行う制度としての「実施必至型住民投票条例」が制定されている。なので、もし2020年の開催地に名乗りを上げたのが東京都ではなく広島市であったならば、広島五輪開催の是非を自分たち市民で決めたいと考える人や開催に反対する人たちは、有権者総数の10%以上の連署をもって「開催の是非を問う」住民投票の実施を市長に求めれば、必ず実施された(広島市住民投票条例第5条の規定で、首長・議会に拒否権はない)。

 五輪開催がコロナ禍の収束に支障をきたすという理由で今年に入って開催反対者が急増したにもかかわらず、小池知事や127人の都議は、開催の是非を問う住民投票の実施(住民投票条例の制定に基づく)を提案せず、1千万都民の中にもそれを求める直接請求を行なった主権者は一人もいなかった。


筆者

今井 一

今井 一(いまい・はじめ) ジャーナリスト・[国民投票/住民投票]情報室事務局長

 1991年以降、ソ連、ロシア、スイス、フランス、イギリスなどで国民投票の取材を重ね、国内では新潟県巻町、名護市、徳島市など各地で実施された住民投票を精力的に取材。2006年~07年には、衆参各院の憲法調査特別委員会に参考人及び公述人として招致され、国民投票のあるべきルールについて陳述する。著書に『CZEŚĆ!(チェシチ)──うねるポーランドへ』(朝日新聞社)、『住民投票』(岩波書店)、『「憲法9条」国民投票』(集英社)、『国民投票の総て』、『住民投票の総て』(ともに[国民投票/住民投票]情報室)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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