監視社会の強化が加速する中国。主たる目的はウイグル人の監視?
2021年06月10日
2021年4月1日、中国の上海公安部からリークされた「ウイグル人テロリスト」と名付けられたデータベースに、訪中していた外国人の個人情報が掲載されていたとするオーストラリア放送協会(ABC)の報道とイギリスのテレグラフ紙の報道が行われた。2020年12月に上海公安部のサーバーからアクティビストが入手したとされるこのデータベースには、オーストラリア人161名、イギリス人150名が掲載されていたと両社から報道されている。
また、6月9日には朝日新聞も、このデータベースに日本人895名のデータが掲載されており、日本政府もこの個人情報が本人のものであることを確認したと報道した。(朝日新聞DIGITAL「上海市当局、ウイグルで「監視リスト」日本人も895人」)
このデータは入手したアクティビストから「internet 2.0」と呼ばれるオーストラリアのサイバーセキュリティ会社に手渡され、同社がそのデータの信憑(しんぴょう)性を確認している。また、ABC、テレグラフ、朝日新聞による取材を通じて、リストに掲載されていた外国人が実際にその時期に訪中しており、また掲載されていた情報で確認できた部分に関しては正確な情報であることが確認されている。
上海公安部の持つ「ウイグル人テロリスト」と名付けられたデータベースになぜ、900人近い日本人のデータが掲載されているのか。また、そもそもこのデータベースの目的は何なのか。そして、これは中国の「監視社会化」に向けた動きとどう連動しているのか。
筆者は「internet 2.0」社からこのデータベースへのアクセス権を特別に付与してもらい、分析に当たった。
今回のデータベースは少し解釈が複雑だ。これは加工されていない完全な「生データ」であるため、特定の項目が何を意味するのかが明らかではないものも多い。
比較的に分かりやすいものとしては、例えばある個人のデータに「日付」が紐づけられていた場合、実際にその個人を数名特定して話を聞くことで、「どうやらこの項目は『誕生日』のようだ」ということが分かる。他にも、車両に紐づけられた文字列が「ナンバープレート」である、といったことや、数字の羅列が「監視カメラの位置を示す緯度と経度」だろう、といった点は自明では無いものの、他に併記されたデータとの整合性を確認しながら手探りで判別できる。
一方で、何を意味するかが全く分からない項目も多々存在する。よって、以下の本データベースの説明は、internet 2.0社や日豪英の各種メディアによる報道などを参考としながら、生データに見られて高確度で正しいと筆者が判断した点のみを取り出した「解釈」であることを前置きしたい。
今回のデータは大きく分けると、以下の6つの異なるデータソースから取得されたと思われるものが一つのデータベースに集約されている。
なお、この1万人弱の中から、100名以上の掲載が確認された国・地域別の内訳は表の通りだ。表にある国々も含め、全部で125の国・地域出身として登録された人々がリストに含まれている。
上海金山区港の一帯にある監視カメラにより捕らえられた各種データが含まれている。顔認証技術を使って補足された「歩行者」の画像データや歩いている向き、走行する「車両」のナンバープレートとそれに紐づけられた電話番号などの情報、港に出入りする「船」の船舶識別番号と見られる情報などが含まれている。かなりの頻度で情報収集されており、多い例では特定の車両が一日で600回近くカメラに捕らえられてデータ化されている。(下図参照)
「⿊名单(科技处)」と名付けられたデータ。監視対象として分類されていると見られる1万名のうち、7599名が「ウイグル人」としてタグ付けされている。さらに、監視対象となった理由として2017名が「上海の新たなウイグル人インターネット使用者」として分類されている。
「公安部七类重点⼈员基础信息」と名付けられたこのデータは、2015-2020年にかけて警察に拘束された、あるいは有罪となった人々と見られるデータが1万件掲載されている。どのような犯罪で拘束されたかが記されたこのデータだが、これに関しては特にウイグル人が突出して多いわけではなく、その約9割が「漢民族」として分類されている。
このリストには、爆発物や薬物などの生産が可能な企業約1000社と従業員約6万6千人の情報が掲載されている。企業に関しては国営・民間・外資・ジョイントベンチャーなのかといった分類や、管轄する政府部門、従業員に関しては爆発物・薬物等に関してどのような業務に携わっているのかと見られる情報などが掲載されている。
「两客一危」と名付けられたデータ。2015-2020年の間に公共交通機関にて「悪いふるまい」を行った人々のデータが1万件含まれている。具体的にどのような「悪いふるまい」を行ったのかは記録されていないが、報告された場所や日時、本人の氏名・性別・住所と見られる情報などが掲載されている。
今回各社の報道で注目されている外国人情報が入っているのは、このうち①出入国管理情報だ。日本人の895人という数字は、外国人の中では最も多い人数となっている。
含まれていた外国人の情報に関しては、日本人に関しては朝日新聞が、オーストラリア人に関してはABCが、イギリス人に関してはテレグラフ紙が詳細に調査をして、一部本人確認を行っている。
各社の取材によると、中には「中国政府が警戒する理由がある人」も存在する。例えば、元オーストラリア諜報機関(ONA)のトップを務めた人物や、元英国陸軍士官、先端技術に関わる日本企業の職員などがリストに掲載されていたことが判明している。
その一方で、データベースに掲載されている本人確認が取れた人のほとんどは、犯罪歴があるわけでもなく、ウイグル人と交友が深いわけでもなく、中国を批判するような行動を取ってきた人でもない、所謂ごく普通の「一般人」であることが明らかになった。
さらに、掲載されている中には未成年者も含まれており、特に日本人の中には訪中時2歳であった幼児も含まれている。不可思議なのが、この2歳児と同じ苗字を持つ、両親と見られるような人物がこのリストには含まれていないことだ。
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