メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

五輪中止の選択肢は存在せず~「国民の安全第一」という日本の規範が変わった

民意に耳を傾けない菅政権。期待を裏切られた我々は何を選べばいいのか

西田 亮介 東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授

民意次第に思えた東京五輪の行方だったが……

拡大2020年1月~6月ごろまでの経緯を整理、分析した
『コロナ危機の社会学 感染したのはウイルスか、不安か』
 筆者は『コロナ危機の社会学』(2020年、朝日新聞出版)や「不安を誘発する SNS 環境 民意に『耳を傾けすぎる』政治でいいのか」(『中央公論』2020年8月)などで、「耳を傾け過ぎる政治(政府)」について論じてきた。これは、自らの主張や信条を棚上げし、ただネットやSNS、ワイドショーなど目に付きやすい「民意」に媚び、発言し、政策決定に一貫性のない、政治や行政の振る舞いのことである。コロナ禍においても、それがたびたび観察されたというのが筆者の見立てだった。

 最長政権となった安倍晋三前政権が、メディア戦略に注力し、インターネット選挙運動を広く解禁するなど、メディア環境の変化とそれを適応した政治行動をしたことは記憶に新しい。その政権の継承を掲げた菅政権だけに、東京五輪の開催/中止も「民意」の行方次第かに思えたものだ。

 専門家も世論調査も、今夏の東京五輪の開催に強い懸念を示したが、菅政権は違った。5月28日に緊急事態宣言延長を表明した総理記者会見では、冒頭の談話で自ら東京五輪について触れることはなかった。総理が五輪に言及するのは記者から関連の質問が出てからだった。少し長いが、やり取りをそのまま見てみよう。

菅首相会見拡大会見で記者の質問に答える菅義偉首相。右奥は政府分科会の尾身茂会長=2021年5月28日午後8時30分、首相官邸、上田幸一撮影
(記者)
 東京新聞、中日新聞の清水です。
 東京五輪・パラリンピックについて伺います。IOCのコーツ調整委員長は、先週、緊急事態宣言下でも五輪を開催できると明言されました。開催国の総理大臣として、緊急事態宣言下でも五輪を開催できるとお考えでしょうか。

 また、各種世論調査では、この夏の五輪開催に反対の声が多数です。国民の命を守ることに責任を持っているのはIOCではなく日本政府ですので、国民が納得できるよう、感染状況がどうなれば開催し、どうなれば開催しないか、具体的な基準を明示すべきではないでしょうか。お考えを伺います。

 なお、記者会見での総理の御回答が正面からお答えいただけなかったり、曖昧なものが多くて、見ている国民の方が不満を抱いていたりしています。是非明確にお答えいただけるようお願い申し上げます。

開催以外の選択肢は端から存在しない

(菅総理)
 まず、国民の命と健康を守るのは、これは当然、政府の責務です。

 オリンピックについて様々な声があることは承知しています。そうした声に耳を傾けながら、指摘をしっかり受け止めて取り組んでいるところです。まず当面は、緊急事態宣言を解除できるようにしたいと思います。そうした中で、選手や大会関係者の感染対策をしっかり講じて安心して参加できるようにするとともに、国民の命と健康を守っていく、これがまずは前提です。

 そうした中にあって、具体的な対策を3点申し上げます。第1に、入国する大会関係者の絞り込みです。当初は18万人が来日する予定でしたけれども、オリンピックが5万9000人、パラリンピックが1万9000人まで絞っております。更に削減を要請いたします。

 次に、ワクチンの接種です。入国する選手や大会関係者の多くはワクチン接種が行われ、ワクチンが広く行き渡るよう日本政府の調整の結果として、ファイザーからIOCを通じて、日本人を始め各選手団にはワクチンが無償で提供されることになっています。

築地の大規模接種、始まる拡大築地市場跡地に設置された大規模接種会場で、警視庁や東京消防庁職員へのワクチン接種が始まった=2021年6月8日午前9時37分、東京・築地、瀬戸口翼撮影

 そして、日本国民との接触、これの防止です。海外の報道陣を含めて、大会関係者は組織委員会が管理するホテルに宿泊先を集約し、事前に登録された外出先に限定し、移動する手段は専用のバスやハイヤーに限定します。また、入国前に2回、入国時に加え、入国後3日目までは全員毎日検査し、その後も定期的に検査いたします。こうした関係者と一般国民が交わることがないように、完全に動きを分けます。外出して観光したり街中へ出入りすることはない。こうした対策により、テスト大会も国内で4回開催いたしました。大会期間中、悪質な違反者については国外退去を求めたいと思っています。

 この3つの対策について、組織委員会、東京都、政府と、水際対策を始め国民の安全を守る立場から、しっかり協力して進めていきたい、このように考えています。

(記者)
 緊急事態宣言下でもできるとお考えでしょうか。

(菅総理)
 テスト大会も国内で4回開催しています。今、申し上げましたように、こうしたことに配慮しながら準備を進めております。

(首相官邸「令和3年5月28日 新型コロナウイルス感染症に関する菅内閣総理大臣記者会見」より引用。強調は引用者による)

(参照:首相官邸「令和3年5月28日 新型コロナウイルス感染症に関する菅内閣総理大臣記者会見」

 東京五輪は開催する。それ以外の選択肢を、菅総理の発言から見出すことはできないのである。国民の声に耳を傾けるつもりもなければ、開催理由を説明する気もない。開催の「可否」は検討すべき事項ではないのだ。

 もちろん直接には開催都市の問題であって国の問題ではないはずなのだが、誘致には当時の安倍晋三総理も楽しそうに参加していた。五輪は国家的事業であり、開催こそが政治の世界の既定路線であって、結局のところそれ以外の選択肢は端から存在しないのだ。

 そうとでも考えなければ、これほどチグハグなやり取りにはならないだろう。なにせ緊急事態宣言下での開催の可否と、判断の基準を具体的かつ明確に述べるようにと念押しされているにもかかわらず、「選手や大会関係者の感染対策をしっかり講じて安心して参加できるようにするとともに、国民の命と健康を守っていく」と答えている。


筆者

西田 亮介

西田 亮介(にしだ・りょうすけ) 東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授

1983年生まれ。慶応義塾大学卒。同大学院政策・メディア研究科後期博士課程単位取得退学。博士(政策・メディア)。専門は情報社会論と公共政策。著書に『ネット選挙』(東洋経済新報社)、『メディアと自民党』(角川新書)、『マーケティング化する民主主義』(イースト新書)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

西田 亮介の記事

もっと見る