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今度こそ国民投票CM規制の議論を進めよ~14年を空費した与野党と放送界の不作為

護憲派は国民投票法を改憲反対の具に使わず、衆愚思想から脱却を

石川智也 朝日新聞記者

 改正国民投票法が3年がかりで成立し、国会が閉会した。

 自民党からは改憲への「大きな一歩」と歓迎の声があがり、加藤勝信官房長官は早速、未曽有のコロナ禍を緊急事態条項創設の「絶好の好機」と口を滑らせ、護憲派の神経を逆撫でした。

 立憲民主党は今回、賛成にまわる引き換えとして、放送CMやネット規制のあり方について「施行後3年を目途に必要な法制上その他の措置を講ずる」との内容の「付則」を盛り込ませた。そして、この付則がある以上は改憲論議を進められないと主張しているが、自民や日本維新の会は、国会の憲法審査会での改憲原案審議や発議を縛れるものではないと反論している。

参院本会議で、国民投票法改正案が賛成多数で可決、成立した=6月11日午後0時26分、上田幸一撮影 参院本会議で、国民投票法改正案が賛成多数で可決、成立した=6月11日午後0時26分、上田幸一撮影

付則は改憲発議の歯止めになり得る?

 5月に(共産以外の)与野党の妥協が成って早々から、各メディアは、この「割れる解釈」に焦点を当てた報道をしている。その上で、衆院通過や成立のタイミングで、CM規制と表現の自由の兼ね合いや、賛否のCM量をそろえる困難さ、ネット対策の課題などをあげて「難題山積」ぶりを解説し続けている。朝日新聞の12日付の社説も「CM規制、議論深めよ」と、与野党を超えた幅広い合意形成を呼びかけた。

 ああ、またここからか、と嘆息せざるを得ない。

 衆院選を見据え自民が保守層に改憲論議の前進をアピールし、一方で立憲民主が左派護憲支持層に発議先送りの手形を勝ち取ったとアピールするのは、至極当然の政治的ポーズである。付則に明記した以上は与党も成案を得るべく真剣に議論する責務があるが、この定型的な付則が改正案の審議や発議を制約し得るという法的解釈をめぐっては、憲法学者からも疑問の声があがる。立憲民主の幹部も、これが歯止めになると本気で思ってはいまい。

「改憲ありき」に野党反発、8国会にわたり審議なし

 野党は安倍政権下で改憲の環境が整うことを警戒し3年にわたって審議拒否を続けてきたが、CM問題はそのずっと前、2007年の法成立前から議論されてきた問題だ。ネット広告やネット言論の規制も、民主党政権時代から指摘され続けてきた課題だ。十年一日のごとくCM規制の議論が進まず政局のたびに蒸し返されるのは、野党も含めた政界と放送界の不作為と怠慢が原因であり、護憲派の責任も大きい。

 そもそも今回の7項目の改正点は、駅や商業施設への共通投票所の設置や、投票所に連れて行ける子どもの対象年齢の引き上げ、洋上投票の対象拡大など、公選法に平仄を合わせ投票環境の改善・向上を期したものだ。与野党間で異論や争いはほぼなかったが、前述のとおり、改憲ありきの安倍前首相の姿勢に野党が反発し8国会にわたって継続審議となってきた。

 個人的には、この中の「投票所の集約合理化」は投票環境の悪化につながる面があり、まったく問題なしとは言えないと思っている。が、高齢化著しい地方では投票所立会人の確保や負担が深刻な問題になっている実態もあり、不合理な改正とも言えない。しかもこの点を指摘しているのは護憲系の「改憲問題対策法律家6団体連絡会」などごく一部であり、いずれにせよ、この7項目はどれをとっても、改憲派に有利な内容とは言えない。昨年来、「#国民投票法改正案に抗議します」あるいは「#国民投票法改正案を廃案に」がTwitterで急拡散し何度もトレンドになったが、そこで飛び交った「憲法改正に道を開く」「改憲を強行される」という主張は、今回の改正点の内容についてのみ論じるなら、到底あてはまらない。

 SNS上や私の周囲では、改正案の内容などまるで知らずに反対していた人もいたが、相当程度の人は「改正案自体に異論はないが、コロナ対策を優先すべきときに進めることではない」「改正点には賛成だが、CM規制などが不十分」を反対理由にあげている。日本弁護士連合会が5月19日に出した会長声明も、これまで同会が求めてきた最低投票率制度やCM禁止期間の延長などが盛り込まれておらず不十分な法であるとして、改正案自体に反対した。付則についても「検討の先送りにすぎない」としている。

 ならば言いたい。護憲派もこの問題を「先送り」するのはやめるべきだ。

 繰り返すが、CM問題はとっくの昔からある問題で、護憲派もずっとこの議論をせず放置してきた。私は2006年の法案審議時からこの問題を取材し、これまで色々なところで課題や経緯を書いてきたが、時計の針を戻し、概要だけあらためて記しておく(詳細はこちらを)。

民放連は国会で「真摯に検討します」

 国民投票法は、第一次安倍政権下の2007年5月に成立した。公務員の運動規制や諮問型投票制度などさまざまな問題が積み残しとなり、3年後の法施行までに「検討」すべき事項など18もの付帯決議がなされたが、その一つにCM問題があった。こんな内容だ。

 「テレビ・ラジオの有料広告規制については、公平性を確保するためのメディア関係者の自主的な努力を尊重するとともに、本法施行までに必要な検討を加えること」

 当時の与党と民主党の法案はともに、「冷却期間」を設けるためとして投票7日前からのCM禁止規定を盛り込んでいた。しかし放送界は表現の自由に抵触しかねないとして法規制に強く反対した。2006年11月、衆院の日本国憲法に関する調査特別委員会小委員会の参考人聴取で、日本民間放送連盟の山田良明・放送基準審議会委員(当時)は、CMの取り扱いについて「自主的判断に任せてもらいたい」と繰り返し訴えた。そのうえで、量的・質的な公平さ、公正さを担保する仕組みについて「民放連の中で大きな括りとして明確なルール作りは必要」「具体的にあらゆることを想定しながら真摯に検討をしていきたい」と述べた

 国民投票運動には、選挙と違って費用の制限はない。一定の禁止期間を設けても、改憲案発議から投票日までの60~180日間の大半は自由にCMを流し賛否を呼びかけられることになり、資金力に恵まれた陣営が優位になるという懸念が指摘されていた。つまり、量的公平性の確保も当初から課題として明確に認識されていたということだ。

カタログハウス社がYouTubeにアップした意見広告カタログハウス社がYouTubeにアップした意見広告

 ところが放送界は直後に表面化した関西テレビ制作「発掘!あるある大辞典Ⅱ」捏造問題に追われ、時間切れに。CM規制は逆に投票日前14日間に延長された(民主党憲法調査会長で衆院憲法調査会理事だった枝野幸男も容認した)。

 翌2007年5月の法成立の日、民放連はあらためて「広告の取り扱いについては、放送事業者の自主・自律による取り組みに委ねられるべき」との会長名の抗議声明を出した。付帯決議がなされたのは、こうした経緯による。

 しかしその後、

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