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彼女はこうしてテロリスト扱いされ旅券を没収された(上)

イスラム国が憎む“西洋の退廃芸術”好きの女性が公安に見張られるまで

安田純平 フリージャーナリスト

携帯電話に戦闘員の写真が保存されていた

 一般旅券返納命令書には『貴殿は、当国クウェートにおいて、貴殿の所持する携帯電話にISIL戦闘員の写真が保存されていること等から、ISILと関与のある人物として拘束された後、国外退去強制処分を受け、「再入国禁止」の措置が付されたことにより、旅券法第13条第1項第1号に該当する者となり、その結果、同法第19条第1項第2号に規定する『一般旅券の名義人が、当該一般旅券の交付の後に、第13条第1項各号のいずれかに該当するに至った場合』と判断されるに至ったため』と記載されている。

 旅券法13条1項は旅券発給拒否にかかわる法律で、1~7号のいずれかに該当した場合に「旅券を発給しないことができる」とうたっている。1号とは「渡航先に施行されている法規によりその国に入ることを認められない者」というもので、Aさんはクウェートから「再入国禁止」の措置を受けたためにこれに該当し、旅券返納に関する同法19条に基づき旅券返納命令が出された、という説明だ。

 しかし、ダウンロードしたISIL戦闘員の写真が携帯に保存されている人など世の中にいくらでもいるだろう。それがなぜAさんは「ISILと関与」とまで言われて旅券没収される事態になったのか。

「イスラム国(ISIL)」を揶揄するコラージュの作り方を解説する画像を見せるAさん。日付は2015年2月で、クウェート空港で「ISと関与」とされた際にも携帯に入っていたという。Aさんはコロナ対策のマスクはしているが髪は隠していない拡大「イスラム国(ISIL)」を揶揄するコラージュの作り方を解説する画像を見せるAさん。日付は2015年2月で、クウェート空港で「ISと関与」とされた際にも携帯に入っていたという。Aさんはコロナ対策のマスクはしているが髪は隠していない

 Aさんが疑われたきっかけは、イスラム法学者で元大学教授の中田考さんからアラビア語の個人レッスンを受けたことだ。中田さんはISIL司令官との人脈があり、2014年までに複数回、シリアのISIL支配地域を訪れている。2014年10月には、ISILへ参加するためにシリアへの渡航を準備した北大生に渡航支援をしたとして、私戦予備・陰謀容疑で警視庁による家宅捜索と事情聴取を受け、報道されていた。

 Aさんが中田さんから個人レッスンを受けたのは2015年9月から12月。当時、英語圏やアラブ圏を含めた海外への留学を考えており、フランス語、ドイツ語などと並行してアラビア語の勉強を始めた。

 「日本人よりも外国人が好き。外国に行ったら男の子と知り合いたいので言葉を覚えたい」というAさんは、高校卒業後に通った外国語専門学校で英語やスペイン語、モンゴル語を学んで以来、さまざまな言語に取り組んできた。

 アラビア語に関心を持ったのもその延長だ。「中東はかっこいい男の子とかわいい女の子がいるイメージ」で、イラクやシリアの情勢を詳しく追っていたわけでもなく、中田さんについての報道もほとんど接していなかったという。

イスラム法学者からアラビア語の個人レッスン

 「アラビア語を勉強しようと思ってネット検索したら、最初に出てきたのが中田さんだった。教室に通うと学費が高いし、どのような人か特に調べることなくSNSで本人を見つけて自分から連絡をとった」といい、千葉県内のカフェで3~4回、周囲からも見えるテーブル席で個人レッスンを受けた。

 この間、「アラビア語を本当に理解したければイスラム教に改宗したほうがいい」と中田さんに勧められ、都内のモスクを訪れた際にも「アラブ圏には改宗しないと留学できない学校もある」と聞いたため、そのモスクで改宗をした。しかし、イスラム教徒らしくヒジャーブ(スカーフ)などで髪を隠したのは「中田さんに会うときくらい」だったという。

 中田さんには隠していたが、当時、Aさんは都内で“水商売”の仕事をしていた。詳細は避けるが、イスラム教では禁じられている行為であり、ISILはそうした女性を多数処刑した。「ISILに関与」するほどISILの宗教観に共感を抱く人物ならば激しく憎む「反イスラム」的行為であり、それでも現役でその仕事を続けながら「ISILに関与」するなどおよそ考えにくい。

日本外国特派員協会で会見するイスラム法学者の中田考氏拡大日本外国特派員協会で会見するイスラム法学者の中田考氏

 Aさんは、中田さんからアラビア語を習っていることを友人に話したところ、「ニュースになっていた人だから気をつけたほうがいいよ」と言われ、2015年12月でレッスンを取りやめ、以降は連絡を取っていない。

 この直後の2016年1月、Aさんは前述のハードロックグループの日本公演を聴き、会場で知り合ったファンとその後も交流を深めている。ファンコミュニティに参加したのもこのころで、飲み会にも参加してきた。

 Aさんの周囲に捜査が及んだのは2016年11月になってからだ。Aさんが北海道旅行をしていた間に、Aさんが当時勤務していた店に「公安」を名乗る男女が訪れたという。おそらく警視庁公安部外事三課である。しかし、Aさん自身への事情聴取や家宅捜索は行われていない。警察がAさんに関心を持ったのは、あくまで中田さんの捜査のためだったとみるのが妥当だろう。店にまで来て“水商売”の仕事をしていることを確認している警察がAさんを「ISILと関与」と考えなかったとしても極めて自然なことだ。

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筆者

安田純平

安田純平(やすだ・じゅんぺい) フリージャーナリスト

1974年、埼玉県出身。一橋大学社会学部卒業後、信濃毎日新聞に入社。行政や医療、登山や自然環境について記事を書く。在職中にアフガニスタンやイラクを取材。2003 年に退社しフリージャーナリストに。イラク、シリア、アフガニスタン、東南アジアなどの取材を行う。04年、イラクを取材中、現地人の自警団にスパイ容疑で拘束されるが何も要求がないまま3日後に解放。07-08年、民間人が戦争を支えている実態を取材するため、イラク軍関連施設などで料理人として働きながら取材し、「ルポ 戦場出稼ぎ労働者」(集英社新書)を著す。12 年、シリア内戦を取材し報道番組で発表。15 年6月にシリアで武装勢力に拘束され、18年10月、40カ月ぶりに解放された。近著に「シリア拘束 安田純平の40か月」(ハーバー・ビジネス・オンライン編/扶桑社)。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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