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政治だけではない中国共産党の経済問題

東南アジアにおける華人支配

塩原俊彦 高知大学准教授

 2021年3月14日、ミャンマーの最大都市、ヤンゴン郊外の産業集積地であるラインタヤ地区と、隣接するシェエピタ地区で、中国系の工場や商業施設が襲撃された。これを受けて、ミャンマー国軍は戒厳令を出した。中国資本の経営する複数の工場が襲撃されたり、放火されたりした。国軍を支援する中国への反感が高まっているためだ。現地に住む中国系住民への風当たりも強まっている。これこそが傍若無人な中国が東南アジアにおいて引き起こしている実相なのである。

政治問題を語る「クアッド」

日米豪印オンライン首脳会談に参加する菅義偉首相(手前右)と茂木敏充外相(同左)。画面内は(右下から時計回りに)モディ印首相、モリソン豪首相、バイデン米大統領=2021年3月12日、首相官邸

 日本、米国、オーストラリア、インドの4カ国(クアッド)は2021年3月12日夜、これまでの外相レベルから格上げされた首脳による初の協議を行った。その共同声明によると、ワクチン専門家ワーキンググループ、重要技術・新興技術ワーキンググループ、気候変動ワーキンググループを設置し、まずは4カ国が協力しやすい分野での関係強化をめざす。政治的な「中国包囲網」とか「中国封じ込め」といった批判をそらすだけでなく、対中貿易依存度が高いインドを引き入れるためにワクチン供給でのインドへの配慮などが目立つ結果となっている。

 共同声明では、「我々は、世界保健機関やCOVAXを含む多国間組織と緊密に連携しながら、インド太平洋地域における公平なワクチンアクセスを強化するために協力していく」と書かれているだけだが、ワシントン・ポスト電子版は「4カ国は、来年末までに最大10億回分のコロナウイルスワクチンを共同で製造し、東南アジアおよび潜在的に可能なその他地域に提供することを約束した」と報じている。

 興味深いのは、ワクチン外交による影響力拡大をねらう中国が重視する東南アジアにおいて、4カ国が中国の動きを牽制する姿勢を明確に示した点だ(ワクチン外交については、拙稿「「ワクチン外交」と地政学」を参照)。ここでは、強権的で抑圧的な中国共産党が支配する中国の政治的側面だけが問題なのではなく、その経済的な側面も重要であるとの立場から、とくに東南アジアにおける中国系企業の躍進ぶりについて考察してみたい。和辻哲郎のつぎの指摘を尊重したいからである。

 「すなわちシナの国土は強いて区切る努力をしなければ小さい国の併立を許さないのである。特に宋代以後になるとシナの全地域にわたる経済的な相互滲透が顕著に実現せられている。シナの民衆は国家の力を借りることなくただ同郷団体の活用によってこの広範囲の交易を巧みに処理して行った。従って無政府的な性格はこの経済的統一の邪魔にはならなかったのである。シナの国家と言われるものはこういう民衆の上にのっている官僚組織なのであって、国民の国家的組織ではなかった。」(『風土』岩波文庫, p. 195-196)

6000万人を超す華人

 習近平国家主席は2017年に開催された華僑労働会議で、180カ国以上に住む6000万人以上が一堂に会する必要性を強調したことがある。中国の覇権を考えるには、14億人以上が住む中国本土だけを考慮に入れるだけでは足りないのである。東南アジアに住む中国人の数(単位:100万人)や人口比(○のなかの%)や富豪の数(同左)・資産規模(単位:10億ドル)を示したのが下図である。2020年5月30日号のThe Economistが報じたものである。この図から、東南アジアの3690億ドルもの財産(2019年)をもつ富豪のうち、その4分の3が華人のコントロール下にあることがわかる。彼らがこの地域で重要な役割を果たしているかがわかるだろう。

 なお、華僑(huaqiao)と華人(huaren)とは若干異なった概念とされている。前者は、「海外の中国人」(Chinese citizens overseas)を指し、後者は「国籍を問わない民族としての中国人」(ethnic Chinese of all nationalities)、すなわち、「居住している国の国籍を持つ中国系住民」を指すらしい(2018年8月5日付のニューヨーク・タイムズ電子版を参照)。ここでは、マレーシア、タイ、インドネシアを中心に有力ビジネスマンたる華人の企業集団について論じてみたい。

「ブミプトラ」のマレーシア

 マレーシア政府は「土着の民」、「ブミプトラ」と呼ばれるマレー系住民を優遇する制度を1971年から導入した。20年間にわたる「新経済政策(NEP)」を導入、人種に関係なく貧困を撲滅し、社会を再構築することで、マレー系住民の多いブミプトラと中国系住民の多い非ブミプテラの間で民族間の経済的平準化を図り、国民統合を実現しようするものであった。政治的には、マレーシア最大の政党で、与党連合の国民戦線(BN)の中核をなすマレー人政党、統一マレー国民組織(UMNO)の総裁が1957年にイギリスから独立して以来、首相を務めてきた。

 1981年に首相に就任したマハティール・ビン・モハマドは、「マレー系資本家と中国系資本家の間に公平性を持たせるために、国家はマレー系資本主義を推進する義務がある」との立場から、ブミプトラによるコネで支配された大企業グループを数多く誕生させた(Political Business in East Asia, Edited by Edmund Terence Gomez, Routledge , 2002を参照)。

 2003年に退陣したマハティール以後、2009年にナジブ・ラザクが首相に就任すると、1974年に中国と国交を樹立した父アブドゥル・ラザクの影響下で、ナジブは親中政策をとる。この結果、親中か否かが政治的な争点と

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