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コロナ対策の“優等生”と賞された台湾、その真相と深層(上)

感染拡大に“ワクチンの乱”、追い込まれた蔡英文政権

甘粕代三 売文家

 コロナ対策の“優等生”と世界から賞賛を集めてきた台湾が一転してコロナ対策に追われ、2期目1年を過ぎた蔡英文民進党政権は崖っぷちに追い込まれている。

 台湾では5月中旬から市中感染が拡大。備蓄していた僅か約20万回分の英製薬大手アストラゼネカ(以下AZ)製ワクチンは医療関係者への優先接種でたちまち底をついてしまった。

 6月4日には日本から無償援助された124万回分のAZ社ワクチンが到着し、翌5日には米上院議員らが訪台してワクチン75万回分の供与が伝えられた。しかし、接種が始まった日本からのワクチンも十分とは言えず、台湾島内ではなおワクチン“日照り”が続き、大きな政局に発展する恐れが指摘されている。

 台湾はなぜこのような悲惨な状況に陥ってしまったのか――。昨年1月からの台湾の歩みを辿り、現状を具に観察することから浮かび上がらせたい。

台湾向けのワクチンなどが積み込まれる日本航空の航空機=2021年6月4日、成田空港台湾向けのワクチンなどが積み込まれる日本航空の航空機=2021年6月4日、成田空港

隔離期間短縮が裏目に?

 台湾の新型変異株市中感染の火種となったのはフラッグ・キャリア中華航空の外国人パイロットだった。

 この外国人パイロットは貨物便のフライトから帰台、桃園空港内の中華航空資本のホテルに隔離された。しかし、そのホテルの隔離態勢が甘く、同僚のパイロットや客室乗務員、地上職員らばかりかホテル従業員にまで感染が拡大。これが市中感染爆発につながった。海外から帰台したパイロットには5日間の隔離が義務付けられていたが、これを3日間に2日短縮したことが感染拡大を招いた可能性を現地メディアは報じている。

 また、台北郊外の芦州ライオンズクラブ会長が、台北市内の古い夜の街で遊興。ここでの濃厚接触が感染爆発につながったとの指摘もある。6月21日零時30分現在、台湾での感染者は1万4005人、死者549人に達している。

多くの客や女性従業員らの感染が確認され、一斉に店を閉じた台北・万華の歓楽街=2021年5月22日多くの客や女性従業員らの感染が確認され、一斉に店を閉じた台北・万華の歓楽街=2021年5月22日

「ワクチンよこせ」 総統府前でデモ

 ワクチン“日照り”が続く中、台湾では地方首長、大物財界人や宗教団体が独自にワクチン導入を計画し、蔡英文民進党政権に許可を求めている。

 しかし、蔡英文政権は中央政府による製造元からの一括購入の方針を改めず、ワクチン導入は与野党対決、政争に発展。大陸に最も融和的なミニ政党・新党は日本からのワクチン到着前日の6月3日、日本の敗戦直後に宮城前広場で起きたコメよこせデモを彷彿とさせる“ワクチンよこせデモ”を総統府前で催し、人影、物音も消えた台北市内にワクチンよこせの大音声がこだました。デモは警察によって忽ちのうちに排除され、総統府周辺は厳重な交通管制の下に置かれた。

 「台湾では大事件、大事故が起きると、大陸や日米との距離感が異なる政党が、外省人か本省人かという出身階層とエスニック、統一か独立かという政治的な立場の違いから、よく言えば百家争鳴、悪く言えば言いたい放題の一大場外乱戦を始めます。本来の建設的議論とはかけ離れた悪循環に陥ってしまう台湾の宿痾はコロナ対策、ワクチン問題でも再発してしまいました。与野党それぞれの政治的主張、思惑を割り引いて観察しないと問題の所在と本質を見誤ってしまいます」

 全国紙元台北支局長は、コロナ禍下の台湾を観察して語る際には台湾独特の事情、問題を考慮すべきであると指摘する。

台北近郊のスーパーで、前日までの顧客の買いだめで空きスペースが目立つ商品棚=2021年5月16日台北近郊のスーパーで、前日までの顧客の買いだめで空きスペースが目立つ商品棚=2021年5月16日

ファイザー製を求め、盛況な米国ツアー

 さて、現在の台湾は“ワクチンの乱(疫苗之乱)”の真っただ中にある。

 この言葉が台湾メディアを飾らぬ日はない。ワクチンの“乱”と“日照り”の諸相を、“走馬看花”(中国語で「駆け足で見る」の意)してみたい。

 ワクチン“日照り”の下、台湾当局による接種を待ってはいられない、とばかりにアメリカへのツアーが登場した。西海岸8日間2人部屋使用で1人エコノミークラス15万ニュー台湾ドル(以下NT$、邦貨約60万円)、ビジネスクラスならNT$29万9000(邦貨約120万円)と甚だ高価ながら人気を集めている。30日滞在の長期型は更に値が張るが、桃園国際空港にはペットを連れて出境する家族の姿が少なからず見られるという。

 この盛況には外国製、特に米ファイザー製を渇望する台湾住民の嗜好が反映されていると言える。

「急拵え」台湾産への恐怖感

 外国製に続いて求められるのが台湾製だが、これが大乱戦の火種となった。

 総統・蔡英文は感染爆発後の5月18日、コロナ対策を管轄する中央感染症指揮センターを視察した後、「7月末までに最初の国産ワクチンを提供

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