バイデン政権は同盟の亀裂修復に成功。問われる日本の外交力
2021年06月21日
久々の主要7カ国首脳会議(G7サミット)の復活だ。このところ地盤沈下が著しかったG7だが、英コーンウォールを舞台にした今年のサミット(6月11~13日)で、改めて世界に存在感を示した。
かつて、G7不要論が唱えられたことがあった。1987年には世界のGDPの7割をこの7カ国が占めるほどだったが次第に後退、今ではわずか4割にまで減少した。2000年代には、代わって台頭してきた新興国の参加なしに、最早、グローバルな課題解決は困難だった。
それがはっきり意識されたのが、2008年のリーマンショックの時だ。米国に端を発したサブプライムローン問題により世界の金融市場は機能不全に陥ったが、解決策は最早G7だけで見つけ出すことはできなかった。
急遽、ブラジル、ロシア、インド、中国のBRICs等が招集され、20カ国、地域首脳会議(G20サミット)が開催された。そこで合意されたグローバル規模の財政支援策により世界経済は奇跡的にV字回復を果たし、世界はすんでのところで大混乱を回避した。
昨年までの問題は米国だった。トランプ前大統領の自国第一主義は、G7の枠組みに大きな亀裂をもたらした。2019年に行われたサミットは、わずか1ページの首脳宣言をまとめることしかできなかった。
新たに誕生したバイデン政権にとり、主要な外交問題が中国であることはトランプ時代と変わらない。むしろ、2022年の米国の中間選挙を考えれば、バイデン政権はトランプ氏以上に対中強硬姿勢をアピールしなければならないかもしれない。多くの政策で脱トランプ色を強めるバイデン大統領だが、こと中国に関する限り、よって立つ立場はトランプ氏と同じだ。
しかし、西側同盟を修復するといっても、米欧の立場は微妙に違う。双方の間には、特に対中国政策を巡り少なからず温度差がある。総論では、中国の脅威や人権、法の支配の尊重で一致しても、各論になると、欧州は中国を過度に刺激するのは避けたいというのが本音だ。バイデン大統領として、こういう欧州を如何に対中戦略で一つにまとめ上げるかが今回の会談の焦点だった。
メルケル独首相の親中姿勢は際立っている。背景にドイツ産業界の意向がある。ドイツ産業界にとり、中国マーケットはそれほど重要で、特に自動車業界はその輸出の4割を中国市場に依存している。
経済的理由から対中強硬論と一線を画したいのは、イタリアも同じだ。2019年、イタリアは中国と覚書を交わし一帯一路プロジェクトに参加したが、これはEU主要国の中で初めてのことだった。当時、中国の手がついにEUの中核にまで伸びたと言われた。
イタリアが中国に接近する理由は明らかだ。ユーロ導入以来、イタリア経済の成長はほぼなかったといっていい。では、財政政策でテコ入れするといっても、財政は火の車でとてもその余裕はない。結局、安易ながら、中国が差し出す資金にすがる以外手がない。
これに対し、中国がイタリアを攻略する意味は大きく、欧州大陸の玄関口たるイタリアをまず手中にし、そこからバルカン諸国、中東欧諸国へと、欧州大陸内部に手を伸ばしていくことができる。
しかし、欧州が対中強硬姿勢に慎重なのは経済的理由からだけではない。むしろ、中国の脅威を如何に認識するかについての違いが米欧の立場の差を生んでいる。
欧州にとり、中国の脅威は「差し迫ったもの」でなく、いくら米国が中国脅威論を主張しても「そこまでではない」というのが欧州の一般的な感覚だ。米国が、「中国を国際社会に巻き込み、責任あるステークホルダーにしようとの目論見は完全に失敗した」と言っても、欧州は「まだ可能性は残っている」と反論する。
かつてソ連に対峙して冷戦を戦った欧州にすれば、ソ連と中国の脅威の差は歴然だ。ソ連は、現実の脅威であり、中国は、頭の中の脅威に過ぎない。ソ連と欧州西側諸国との間には遮るものもなく、地続きの平原がずっと広がっているだけだ。地上戦闘能力で圧倒的に勝るソ連軍が万一侵攻してくるようなことがあれば、欧州の被害は計り知れない。
これに対し、中国が如何に脅威と言っても、それは遠く地理的に離れた場所のことであり、脅威を肌で感じるというにはほど遠いのだ。
一方、そういう欧州が、このところにわかに対中警戒感を強め始めたのも事実だ。2019年、EUはその内部文書で中国を「システミックなライバル」と明記したが、これは画期的なことだったし、あのドイツでさえ、自国のロボット技術が、中国の家電大手によるドイツ企業クーカの買収により中国に流出する危険に直面し、これまでの親中姿勢を変えざるを得なかった。
事情は、中国が進出の勢いを強めつつあった中東欧諸国も同じだ。中東欧諸国は中国からの経済協力を期待し、中国との間に「17+1」の枠組みをつくって定期的に首脳会議を繰り返してきたが、ここにきて一時の中国熱も冷め気味だ。一つには、中国からの投資が思ったほど伸びてないこともあるが、もう一つ、モンテネグロ等、対中債務が急速に高まり危機的状態に陥った国が出始めたことが大きい。
近年の香港問題や新疆ウイグル自治区の人権侵害は、こういう欧州の対中警戒感を一層高めることとなった。中国とEUの投資協定は昨年末、大筋合意に達したが、その後、欧州議会は批准手続きを凍結したままだ。新型コロナウイルスによるロックダウンと感染者増も、欧州の対中観をすっかり変えてしまった。
結果として中国に関し、バイデン大統領は、G7を一つにまとめ上げることに成功した。6月13日の首脳宣言は、久々にG7の結束を世界に印象付ける内容となった。
台湾海峡について「平和と安全の重要性を強調し、両岸問題の平和的解決を促す」と、4月の日米共同声明の文言を踏襲して明記した。中国の一帯一路を念頭に「途上国のインフラ整備支援のための新たなタスクフォースを立ち上げる」とした。
新疆ウイグル自治区については人権や基本的自由の尊重を要求、新型コロナ対策については、中国のワクチン外交に対抗し、2022年にかけ10億回分のワクチン供与を行う、と明らかにした。
批判が絶えない中国の「市場を歪める政策」に対しても、これに「共同で対応、開かれた社会、経済として結束していく」と強調した。
バイデン大統領は、大西洋同盟の亀裂をひとまず修復することに成功した。トランプ大統領の時、米欧は大西洋を挟みバラバラだった。大西洋同盟の機能不全は、安全保障の面から見ても危険極まりないものだった。
尤も、修復と言っても、それは亀裂がこれ以上深まるのを回避したというだけだ。欧州と米国との間に温度差があることは上記の通りだし、トランプ氏の自国第一主義で傷ついた信頼関係が一朝一夕に元通りになるわけでもない。米欧間に、防衛費負担を巡り依然大きな隔たりがあることは事実だ。
それでも今回、法の支配、自由民主主義の維持、基本的人権の尊重などを標榜する西側リーダーが一堂に会し、その結束を世界に向けアピールした意味は大きい。世界は危うく「G7ゼロ」になり、リーダー役を失って漂流しかねないところだったのだから。
ひとまず復活を果たしたG7だが、今後は、中国にいかに向き合っていくか、様々な局面で具体的対応が問われていく
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください