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オンライン学習の陥穽

日本の議論で抜け落ちている児童や学生のプライバシー保護

塩原俊彦 高知大学准教授

 2021年5月20日付の朝日新聞デジタルに「『学校は混乱極めた』 現職校長、実名で大阪市長を批判」という興味深い記事がある。「大阪市立小学校の校長が、市の教育行政への「提言書」を松井一郎市長(57)に実名で送った」というのである。緊急事態宣言のなか、市立小中学校の学習を「自宅オンラインが基本」と決めた判断について「学校現場は混乱を極めた」と訴える内容だという。

 校長の指摘はきわめて的確だと思う。にもかかわらず、松井は「従えないなら、組織を出るべき」と発言したと紹介されている。この松井の論理は、「総統原理」(Führerprinzip)と呼ばれるものだ。何が真実で何が正しいかを決める指導者への絶対的忠誠を守ることを構成員の最も重要な義務とする考え方である。「松井はヒトラーなのか」という疑問がわく。

 ここで取り上げたいのは、物議をかもしているオンライン学習にからむ問題だ。パンデミック下で拙速に導入が進むオンライン学習において、日本で抜け落ちている児童や学生のプライバシー保護について論じたいのである。

拡大大阪市の松井一郎市長に「提言」を送った市立木川南小学校の久保敬校長。取材中はマスクをし、記者との間についたてを置いた=2021年5月18日、大阪市淀川区

約束を破ったとして訴えられたグーグル

 最初に紹介したいのは、米ニューオーリンズ州の司法長官が2020年2月にグーグルを提訴した出来事である。訴状では、つぎのように書かれている。

 グーグルは、保護者、教師、学校関係者に、グーグルが学生のプライバシーを真剣に考えており、グーグルのプラットフォームを利用する学生からは教育関連のデータしか収集しないことを納得してもらうために、公の場で声明や約束をしてきた。また、グーグルは、学生のデータを自らの商業目的で採掘しないことを公約している。

 残念ながら、グーグルはこの約束を破り、子どものプライバシーに対するグーグルの取り組みについて、親や教師を意図的に欺いてきた。子どもたちのプライバシーを守るという数々の約束とは正反対に、グーグルはグーグル・エデュケーション(Google Education)を使ってニューメキシコ州の子どもたちとその家族をスパイし、①物理的な場所、②訪問したウェブサイト、③グーグルの検索エンジンで使用したすべての検索語(およびクリックした検索結果)、④ユーチューブ(YouTube)で見たビデオ、⑤個人の連絡先リスト、⑥音声記録、⑦保存されたパスワード、⑧その他の行動情報のような個人情報を大量に収集した。

 2020年2月20日付のニューヨーク・タイムズ電子版によると、当時、全米の公立学校の半数以上、そして全世界で9000万人の生徒と教師が、GmailやGoogle Docsなどの「Google Education」アプリを無料で利用していたという。また、2500万人以上の生徒と教師が、同社のChrome OSを搭載したラップトップPCであるクローム・イー・ブック(Chromebook)を使用していたという。ゆえに、この訴訟の影響は大きい。

 実はグーグルには、ユーチューブ上で子どもたちの個人情報を不正に収集していたとする連邦政府およびニューヨーク州の告発を解決するために、2019年9月、1億7000万ドルの罰金を支払うことに合意したという「前科」があることを忘れてはならない。

 この訴状では、学生がChromebookにログインすると、グーグルはクローム(Chrome)ブラウザをそのアカウントの学生が使用する他のデバイスと同期させる機能をオンにするとして、これにより、学生の学校と個人のウェブ活動がグーグルの閲覧可能な一つのプロファイルに効果的に統合される、と指摘されている。こうして、広範な個人データがグーグルに筒抜けになるというのだ。しかも、グーグルがそのデータに完全にアクセスできないようにする機能も、初期設定段階のデフォルト状態ではオフになっているという。

 グーグルとしては、児童・学生のころからグーグル検索をはじめとするさまざまなグーグルのサービスを携帯電話や自宅で利用するようになり、教育以外の目的でも彼らを追跡できるようになることをねらっているかにみえる。

 問題は、そんなことが許されるのかということである。しかも、グーグルは2015年、学生のプライバシーに関する業界の自主的な誓約に署名することに合意していた。この誓約において、グーグルは教育目的に必要な範囲を超えて学生の個人情報を収集・維持・使用・共有しないことを約束していた。さらに、グーグルは教育サービスから収集した情報をターゲティング広告に使用しないことや、親の同意を得ないかぎり子どもが学校に通っている期間を超えてその個人情報を保持しないことにも合意していた。だが、訴状では、グーグルがこうした合意を破ったと主張されている。

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筆者

塩原俊彦

塩原俊彦(しおばら・としひこ) 高知大学准教授

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士(北海道大学)。元朝日新聞モスクワ特派員。著書に、『ロシアの軍需産業』(岩波書店)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(同)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局)、『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)、『ウクライナ2.0』(同)、『官僚の世界史』(同)、『探求・インターネット社会』(丸善)、『ビジネス・エシックス』(講談社)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた』(ポプラ社)、『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)、The Anti-Corruption Polices(Maruzen Planet)など多数。

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