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【13】〝ホイッスルブローワー〟を保護しない国

公益通報者を守らず、政府にも企業にも腐敗が蔓延

塩原俊彦 高知大学准教授

注目される「EUホイッスルブローワー指令」

 2019年10月、欧州連合(EU)加盟国にホイッスルブローワーを保護する国内法を義務づける「EUホイッスルブローワー指令」がEUによって採択された。

 実際には、この指令は「ホイッスルブローイング」には言及しておらず、その定義も示していない。むしろ、「この指令は、EU法の違反を報告する個人の保護に言及」おり、したがって、「厳密には国の政策は対象とならず、「EU法の違反」に関連する開示のみが対象となる」という(Vigjilenca Abazi, “The European Union Whistleblower Directive: A ‘Game Changer’ for Whistleblowing Protection?,” Industrial Law Journal, Vol. 49, Issue 4, December 2020を参照)。

 この指令は、その物質的および個人的な適用範囲の両方において包括的である。物質的範囲に関しては、民間部門と公共部門に適用される。民間部門では、従業員50人以上の企業に報告ルートの設置が義務づけられている。この指令は、公共調達、金融サービス、製品・市場、マネーロンダリング・テロ資金調達の防止、製品の安全性・コンプライアンス、輸送の安全性、環境の保護、放射線防護・原子力安全、食品・飼料の安全性、動物の健康・福祉、公衆衛生、消費者保護、プライバシー・個人情報の保護、ネットワーク・情報システムのセキュリティなど、12の政策分野に適用される。

 同指令を受けて、フランス、アイルランド、オランダなどの加盟国は、既存の法律をどのように修正する必要があるかを検討する過程にある。

日本の「公益通報者保護法」

 日本では、2004年6月、「公益通報者保護法」が制定され、2006年4月から施行された。2009年9月の消費者庁発足に伴い、同法の所管が内閣府から消費者庁に移管された。同法の附則2条に、制度の運用実態を踏まえての「5年後の見直し」が明記されたことから、2009年12月、「公益通報者保護専門調査会」の設置が決定された。その後、2011年2月に同調査会報告が出され、2015年6月、消費者庁に「公益通報者保護制度の実効性の向上に関する検討会」が設置されるなどしながら、2018年12月、「公益通報者保護専門調査会 報告書」が公表された。そして、2020年6月になって、ようやく改正公益通報者保護法が成立するのである。

 制定当時から、公益通報者保護法はザル法であり、ホイッスルブローワーが解雇などの報復を受ける事例が複数発生してしまった。そこで、つぎのような改正が行われた(「連載:内部通報制度の有効性を高めるために 第3回 公益通報者保護法の改正」)。

• 組織に体制整備の義務はない   → 300名超規模の組織に体制整備を義務化
• 違反しても罰則はない      → 組織に対しては企業名公表等の行政罰
                → 担当者の守秘義務違反には刑事罰
• 行政通報に真実相当性を求める → 氏名等の必要事項を申告すれば通報可能
• 報道機関への通報に制約あり   → 報道機関への通報の制約緩和
• 行政機関の体制整備の記載なし → 行政機関に体制整備を義務づけ
• 退職者や役員は保護の非対象   → 退職者や役員も保護対象
• 対象通報は刑事罰の対象事案のみ → 対象通報に行政罰の対象事案も追加
• 組織は通報者に損害倍書請求可能 → 通報者への損害賠償請求は不可能

日本の「内部通報制度認証」

 日本では、2019年2月から、「内部通報制度認証」がスタートした。これには、自己適合宣言登録と第三者認証制度の2種類の対応がある。それを図示したのが図1である。自己適合宣言登録制度は、民間事業者が自らの内部通報制度を評価して、審査基準に適合している場合、当該事業者からの申請に基づき指定登録機関がその内容を確認した結果を登録し、所定のシンボルマークであるWCMS(Whistleblowing Compliance Management System)マークの使用が許諾される制度である(水嶋一途著「内部通報制度認証の概要とポイント」)。

 登録事業者はWCMSマークを名刺、ウェブサイト、広告などに使用できる。

 この動きは、民間企業が社内での内部通報制度を整備することを目的としている。だが、企業内の「過度の同調性」を特徴とする日本において、社員やアルバイトが社内の内部通報制度を信頼するとは到底思えないのが現実ではないか。

 なお、国際標準規格を制定する国際標準化機構(ISO)でも、内部通報制度のマネジメント・システム・スタンダードの策定が進められている。2021年6月の公開がめざされている。


筆者

塩原俊彦

塩原俊彦(しおばら・としひこ) 高知大学准教授

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士(北海道大学)。元朝日新聞モスクワ特派員。著書に、『ロシアの軍需産業』(岩波書店)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(同)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局)、『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)、『ウクライナ2.0』(同)、『官僚の世界史』(同)、『探求・インターネット社会』(丸善)、『ビジネス・エシックス』(講談社)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた』(ポプラ社)、『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)、The Anti-Corruption Polices(Maruzen Planet)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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